昼休憩
大アナゴのエラからロープを通し、縛る。
鬼族の男から説明されたのはそんな作業だったが、相手が巨大なので、口内に入る必要があるとか。
断固として断ったら、返しの付いたフックを渡された。
ああ・・釣り針ね。
若干、返しが凶悪過ぎる気がするが、仕方あるまい。
釣り針を刺し込みに潜った俺に反応するシーサーペントだが、抵抗と言う程のものではない。
この状態で生きている方が不思議である。うん、もうただのデカい魚にしか見えないな。
そのパクパクと開閉する口にフックを引っ掛ける。
あれ?上手く刺さらない。
このフック、相手が思いっきり食いつく事を前提に作られているんじゃ・・・って、そうですよね。釣り針ですもんね。
死に掛けの相手に遠慮してても始まらない。
ガツン、と引っ掛け、フックを上あごに貫通させる。
自分でやってて、うわぁ・・とドン引きだ。痛そう。
さっさとトドメを刺してやりゃいいのかもしれないが、どこまでやったら死ぬのか見当が付かないし、俺自身の方が大事である。
いつまでも水中でトドメを刺す作業を続ける訳にもいかない。
スイバが壊れたので、俺も船に上げてもらう。
ロープは船に固定されてなかった。
最悪の場合は船が転覆するので、その前にロープを放して捨てられるように、との事だ。
そして、ロープの先には心許ない錘しか付いていない。
これで、どうやって大アナゴを牽引するのか?
人力だった。
ロープを引く作業が俺に任される。
船の様子を見て、危ないようなら手を離す事、鬼族の男性が離せと言った場合は、余裕があっても即座に離す事、無理をして海に落ちない事、と注意を受ける。
ボートに乗っていたのは4人だったが、そのうち2人がロープ引きの要員だ。
一緒にロープを掴み、構える。
船が発進すると、力無くのたくっていた大アナゴが引っ張られて浮上してくる。
腹を上に向けて瀕死の相手に悪魔の所業である。
ああ、こうして見ると、本当にデカイだけの魚だな。
相手が20m級なので、ちょっとした動きに舵がとられるようだったが、軽く蛇行しながらも大船に到着。
なんと、大船の横腹が開いていた。
ああ、そこから出入りできるのね。
俺もそこから降りたかったなぁ。
今か今かと待っていた職人さん達は、装備の惨状に目を剥いた。
すまん、だいぶ壊してしまった。
「湯はまだか!」「コンロが足りてねーよ!時間が掛かる!落ち着いて待ってろ!」
「落ち着けるか!海の幸なんて何ヶ月食ってねーと思ってるんだ!」
「タレを持ってきた奴、いるか?」「いるわきゃねーだろ!何しに来たんだお前は!」
怒号を飛び交わせているのは、鬼族の男達だ。
これから解体するつもりらしく、イカダを降ろしている。
と、いうか、もう食う事しか考えてないみたいだな。
とにかく、その場を後にする。
「あのぅ・・。ええと・・その・・・・・。」
次に俺を出迎えたのは、質素な鎧の顔を隠した男だ。カップを持って申し訳なさそうにしている。
ああ、ちびちびやってたら切らしたのか。
停泊してても気持ち悪くなってくるって相当じゃねーか?
予備のカップか水筒は無いのか?多めにやるよ。
こいつ、顔を隠しているが、すでに顔バレは済んでいる。
平凡な顔のエルフだ。何を言ってるのか分からねーと思うが・・ってそうじゃない。
そんな風に視界を狭めているから酔うんじゃなかろうか?と言ったら、愕然としていた。
ヒューマンの作業員の案内で、食堂に向かう。
どうやら、昼休憩に入っていたようで、スープが振舞われており、俺もそれを受け取った。
あとは個々に持ち寄った飯を食ってるみたいだ。
「失敗したのよ・・・。」
隅っこの方、匙でスープを口に運んでいるのはマリッサだ。
ビスケットのようなものを齧るアーディ、干し肉を噛み締めているティティも一緒だ。
全員、一度は胃の中身をぶちまけている。それでは体が持たんだろう。
俺は、サンドイッチを差し入れる。
「「「救世主!?」」」
どうしたお前ら。
『朝しっかり食ったので、昼は少なめで良い』と判断していたり、そもそも準備を怠っていたりで、相当、腹ペコだったらしい。
丁度、席も空いていたので、俺もそこで飯を食う。
配られたのは、野菜とソーセージと卵の、ポトフっぽいスープだ。海とは全然関係が無いが、これはこれで美味い。
サンドイッチはハムと葉野菜を挟んだものだ。ごく普通の昼飯と言った感じか。
いや、どっちかって言うと朝食っぽいな。
まぁ、そんな話はともかく。
「そういえば、何でお前は付いてきたんだ?」
「今更?!」
アーディに話題を振ると、めっちゃ驚かれた。
だって、マリッサは職人さん達との繋ぎ、ティティはギルドの監視・・じゃなかった、派遣員、じゃぁアーディはというと、何しに来たのか分からない。
「手伝いだよ!募集してただろう?!緊急時には戦闘もできる、雑用もちゃんとする、船内待機の作業員だよ!」
ああ、そういうのを雇ったんだっけ。ギルドが。
戦闘しかできないって奴は置いて来た。
様子を見たかっただけだし。
「何が様子見だよ!シーサーペントを1体、仕留めてんじゃねーか。」
シーサーペント?
・・・・・ああ、あの大ナマズ・・じゃなかった、大アナゴの事か。
大変な目に遭ったし、命の危険も感じたが、仕留めた今となってみれば、あれは魚である。
専門家でもないし、元の世界のアナゴとの生態の違いとか、そういうのは俺には分からないが、大海蛇などと呼ばれるような、大したものにはどうしても見えない。
だって、そもそも蛇じゃねーし。
と、突然、船が揺れ、食堂内が騒がしくなった。
殺伐とした空気。何かの前兆。
バン、とドアが開く。
「クラーケンが出た!!!!場所は格納庫の開閉部分だ!戦闘のできる奴は急いで来い!!」
俺は思った。あんな所で解体なんかするから・・・と。




