牽制からの・・
シーサーペント・・・。
正直、ここまで気持ちの悪い生物だとは思わなかった。
ドラゴン?いや、絶対違う。
知っている生物で表現すると、イルカのような頭をしているが、あんなに愛くるしい顔はしていない。
顔に対しての口の大きさはワニを彷彿とさせるが、それとも違う。
そして、ヒレも手足も無い・・・ように思う。
あの、背面から突き出た突起のようなものがヒレだろうか?
それでいて、頭から胴にかけては妙にデカイので、体のバランスが悪く見える。
魚類のようなデカイ目が堂々と付いていて、裂けているのかと思う程デカい口にずらりと牙が並んでいる。
昔、流行った映画に出ていたサメの方が、まだ大人しい牙の形をしていたと思う。
それぐらい、これでもかと武器のように並び、その面構えをより凶悪にさせている。
縞模様と言うか、斑模様と言うか、何とも表現し難いが、おそらく保護色なのだろうと思われる体表。
心なしか、滑っている気がする。
全長は分からない。
そいつは、水面に顔・・というか、胴体の上の部分を突き出しているだけなのだ。
顔のデカさだけでも、小さめの軽自動車くらいあったりする。
俺なんか人飲みだろう。まぁ、その牙を見るに、食われる時はしっかり噛まれるに決まっているが。
そして、こちらを見ている。
来る!
俺は、アイテムスロットから大剣を取り出した。
「3枚に下ろしてやんよ!」
その凶悪としか言いようの無い顎を躱し、剣撃を叩き・・込めない!
水上戦闘の難しさを知る。動く相手に波打ち、滑る水面。
足を付こうと思った場所に足場が無い。
足場が動くというだけで、こんなにもやりにくいとは!
「こんの!」
2度目の空振り、そして敵の追撃。
くっそ、あぶねぇ!!
水中から飛び出しがてらに噛まれるところだったが、その牙を蹴って避ける。
攻撃を叩き込むチャンスだったが、叩き込んだらそのまま上顎と下顎に挟まれていただろう。
ここは敵の本拠地だ。
俺がシーサーペントより良い動きをするのは土台無理な話で。
「てりゃ!」
ヌタリとした、妙に靭やかな動きで、余裕を持ってこちらの動きを躱す。
あちらは水中生物。顔を出している所だけが行動範囲じゃない。
それどころか、水中こそ自らの領域なのだ。危なかったら潜ればいい。
地上なら、ここから踏み込んでダメージを与え、かつ反撃を与えられる前に距離を取る、という事もできただろう。
いくら動きが早いとはいえ、相手は巨体なのだ。
だが、こちらは足元が悪かった。悪過ぎた。
これは・・・遊ばれてんな。
何度かの応酬で理解ったのは、それだけだった。
羽の捥げた正体不明の昆虫で遊ぶ子供のようなものだろうか。
確かに、体格差を見る限りじゃ俺に勝ち目の無い戦いだ。だが、簡単に叩き潰されるつもりは無い。
それに、その正体不明が安全とは限らない。
躱せば距離が開き過ぎる。が・・・
スキル:神威断
俺には遠距離スキルがある。
まぁ、単発だから、ほとんど使わないんだけどな!
シーサーペントはしなやかな動きで体を捻る。素早い!
「掠りもしねぇ!!」
スパーン!!と斬る事ができたのは海面のみだった。
そのまま追撃に入りそうだったシーサーペントの動きが止まる。
当たりはしなかったが、一刺し。
それは、この小さな生き物が、決して安全なものではないという事を知るのには、充分なものだったようだ。
そして、海中へと姿を消した。
・・・。
・・・・・・・。
に、逃げやがった・・・・?・・あれだけで・・・?
透明度の高い海なので、海中の様子がよく見える。
ちょっと太陽光の反射がきついが、それもこのヘルメットみたいな・・・そう、クロキシのおかげで、そこまで眩しくなかったりする。
逃げていくシーサーペントの影を追いかける。
とはいえ、さほど離れていない場所に、巣らしき岩場があった。
うーーん?
岩の虫ってあれか・・・・・?
確かに、触覚のようなものが見える。
とりあえず、ちょっと突いてみるか。
俺は、ノーマルモードだったスイバを切って、海中に身を沈める。
別の魔道具が作動し、空気をヘルメットに送り始めた。
「・・・・・。」
コポコポと空気を吐き出しながら、海中を潜って行く。
剣だけでも錘になるので、スムーズに海底に到達する事ができた。
そして、じりじりと巣に近付く。
これで、その岩虫とシーサーペントに挟み撃ちなんてされようものなら、たまったものではないからな。
巣に用事はあるが、優先するのは身の安全である。
岩場の暗い洞窟の中から、すうっとその凶悪な面が浮かび上がる。
ほら、そこのデカブツ。観念して出て来いやぁああああ!!!
そして、俺の挑発が効いたのか、そこから20m級のシーサーペントが出て来た。
ああ、水中だと全身がよく見える。
3 匹 。
「どぇえええええええ!!?」
凶悪な面をしたシーサーペントが襲い来る。しかも、今度は本気であった。
それまで謎の生き物を遊び半分に追い払っていただけだったのが、巣を守る為に牙を剥いたのだ。
所謂“敵認定”というやつである。
「おおおおおおおおおおお!!!!!」
さすがに、走って奴らの動きに勝てる筈が無い。
俺の動きと奴らの攻撃で海底の水が濁る。
俺の周囲は砂で真っ白だが、巨大なシーサーペントにとっては「あの辺に敵がいる」という目印である。
濁りも関係無く突っ込んでくる。
ピンチである。
ピンチはチャンスなんて俺の大嫌いな言葉があるが、しかし、これは確かにチャンスでもあった。
スキル:斬首
文字通り、首を・・・という事は、残念ながら無かったが、強力な斬撃を叩き込む事に成功する。
砂に、赤い濁りが混じる。手ごたえあり、だ。
しかし、ピンチに生まれたチャンスというのは、やはりピンチの中でしか無かったりする訳で。
視界が暗くなったと思った瞬間、背中と胸から腹にかけてを鋭いものが締め付け、海底から足が離れた。
そう、奴の口の中にこんにちは、だ。
「いて・・いててててて!!!」
クロキシのみならず、俺の皮膚に牙が食い込んでいく。
やばい、痛いで済む問題じゃないかもしれない。
剣を引き寄せて戦おうとするが、剣を持つ腕がうまいこと巻き込まれている。
やばいか?と思った時、水流に任せて飲み込もうと、一瞬、シーサーペントが口を開いた。
よっしゃああああ!
「っ痛ぇぇぇえええ!!!」
飲むなら丸呑みにしろよ!
ふくらはぎも噛まれた!あとスイバが片方駄目になった!
俺は、奴に噛まれる瞬間、つっかえ棒代わりに大剣をお見舞いしてやった結果だが、
答え:つっかえ棒にはならない。
すぶり、と上顎に剣が突き立ったってのに、なんで平気なんだよこいつ?!
で、そのまま飲み込まれそうになり、今、喉の手前でナイフを使って張り付いているところだ。
「うおおおおおお!」
俺は、呼吸をしているだけなのか、それとも俺を飲み込もうとしているのか、それすら分からないシーサーペントの口内で、水流に逆らって大剣に手を伸ばすのだった。




