航路を目的地へ向けて
船酔いがヤバそうな奴に多めに水を配ってしばらくすると、船上に船酔いに苦しむ奴はいなくなった。
一応、多めに水を配って、やばくなったらすぐ飲む事と、少なくなってきたら配るので申し出ることと伝えている。
お守り代わりにもらって行く奴もいたが、水樽に余裕があったので快くくれてやった。
マリッサが
「貴方また・・・。」
とか言っていたので、鑑定でもしたのだろう。
そう言いつつも、自分の分を確保していたし、分かってはいても言っておきたいのだろう。
うん、俺もわかってはいるんだ。
ゲームの中でとは言え買ったものだし、無料配布はちょっとまずかったなぁ、と。
「お前、ゲロ塗れをどうにかする手段を持ってたとして、あの状況で隠匿できるか?」
「・・・・・。」
納得したような、そうでないような、微妙な表情だ。
適当にもう一押しすれば、文句も出なくなるだろう。
「そうでなくても、俺はあの苦しみを知っている・・・。」
そう、俺は乗り物酔いが酷い性質なのだ。
船だけじゃない。車、バス、電車、飛行機・・あらゆる交通手段はもちろんだが、気を抜けばエレベーターでさえ酔う。
エスカレーターぐらいだ、俺が乗って大丈夫な乗り物は。あれが乗り物なのかは謎なところだが。
それに、乗る時間は短いし、乗る時と降りる時の一瞬しか足元を見ないというのも、酔わない理由なのかもしれない。
「わかったのよ。でも、自重しなさいよ?
欲の皮の張った人間なんていくらでも居るのだし、誰しも欲の1つや2つ持っているものなのよ。
お人好しも過ぎると、全て持っていかれるわよ。」
うん。これ以上にまでは言及する気が無いようだ。良かった。
船酔い組みは、俺の助言に従って甲板で過ごしたり、ちょくちょく外に出る事で酔いを軽減することにしたようだ。
たまにクピリと水を飲んでいる奴もいるので、全く心配が無くなったとは言い難いが、事態は終結したと言えるだろう。
甲板を掃除するティティと、手伝うアーディを目の端に、大海原を眺めながら時間を潰した。
え?手伝わないのかって?自己責任だろ?
だいたい、手伝って俺が酔ったらどうするんだよ。床掃除なんて絶対下向くじゃん。酔うじゃん。
万能薬入りの水樽の提供だけで勘弁してくれよ!
それに、匂いでやられたら大変な事になるだろ。
・・・そういえば、さっき船内で水を冷やした時、酔うかもしれないと思ったけど平気だったな。
もしかしたら、ステータスの関係で酔いにも強くなっているのかもしれない。
酔ったら嫌なので試す気は無いが。
清掃の終わった甲板で、適当な場所に腰を下ろして前方を眺めていると、鬼族の商人から「あの水薬を売ってくれ」という打診があった。
渡航してきた筈の彼らだが、今回の騒動で2人程が犠牲(?)になっている。
特に三半規管が強いからという理由で船に乗る訳ではないらしく、船酔いは海を渡る商人にとっての永遠の課題なのだそうだ。
チラとマリッサに視線をやると、首を横に振った。
まぁ商人の船は俺の管轄外だしな。耐えるのも仕事だろう。頑張ってくれ。
俺達のやりとりを見ていた商人は、決定権がマリッサにあると判断したらしく、マリッサヘと標的を移して説得しようとしていたが、マリッサの毒舌に敢え無く沈んだ。
無茶しやがって・・・・・。
床に手を付いて重い空気を背負った兄ちゃんに前を向かせる。いや、そんな事してたらまた酔うだろ。
一瞬、期待した目をした鬼族の若い男は、俺が起こした理由を知って、呆然と床に座ったまま大海原を眺めるのであった。
まぁ、この船にいる間はちゃんと提供するから。
それにしても無駄に姿勢いいな!正座なんて久し振りに見たわ!
崩せ崩せ。楽にしてないと、後々しんどいぞ。
そしてしばし。
船員の男が俺を探していたようだ。
警備隊の船の後ろに付いていたんだが、どうも遠回りしているらしい。
それでも、いずれ着くので大人しく追尾していたのだが、ルートを外れたというのだ。
それも、何の信号も無く、だ。
トラブルの可能性について聞いてみたが、あり得ないとの事だった。
船の上で作業している様子、2隻とも迷わず航行している様子から、まるで正規のルートだとでも言わんばかりの振る舞いである、と。
こちらが何か間違えている可能性も無い、と。
地元のベテランの他に、鬼族の航海士も来てくれていて、両者の見解が一致しているとの事だ。
つまり、この船は全く関係の無い場所に誘導されているという事だ。
どうするか?というので、とりあえず、このまま付いて行くとどうなるのかを聞いてみた。
何時間か到着時間が遅れるか、最悪、たどり着かない可能性もある、と。
その上、その責任を擦り付けられる可能性もある、と。
さらに、もし悪意を持って誘導していた場合、座礁させられたりなど、罠を仕掛けられている可能性もある、と。
そりゃやばいな!
とにかく、予行演習という名目上、目的地に着かないと何もできないので、俺達は真っ直ぐ現地に向かう事にした。
俺の傍にいれば、樽に入った水薬を分けてもらえると学習した船酔い組が、カルガモの子供のように後を追いかけて来た。
視界に俺が居ないと不安だとか言い出す始末だ。
色々と話をしてくれるので、目的地に着くまでは退屈する事は無かった。
「まったく厚かましいのよ。助っ人として来たくせに頼りっぱなしなんて、自覚はあるのかしら?」
クピリ、と口に水を含みながら、マリッサが毒を吐く。
お前もその1人なんだけど、自覚はあるか?




