工房の鍛冶屋達
おかしい。朝は結構早く起きたはずなんだが、太陽が高い。
うん?太陽?
太陽が見える!まだ雲が多いけど、晴れ間が見えたぞ!
まだ足元のゆるい道を歩いて工房に向かう。
うわ、この辺はまだぬかるんでビチャビチャだな。
ともかく、朝からマリッサの所に顔を出す、という腹積もりでいた俺は、なんやかんやで結局お昼近くまで、掛かった事に愕然としていた。
ま、まぁ仕方ないよね・・・。
工房は賑やかで、部屋の1つを覗くと、丸太の椅子に腰を下ろした男達がなにやらわいわい議論している。
炉が2つあり、1つは火が入っておらず、もう1つの方でベテランっぽいドワーフに教わりながら、若手らしきヒューマンの男が必死にナイフらしき棒をハンマーで叩いており、それを周囲が冷やかしているようだ。
「そんなへっぴり腰でやってると、また変なところに槌を振り下ろすぞ。」
と、言ってる間に、ハンマーが金床を掠めて地面へと振り下ろされ、男がつんのめって手を離し、軽い持ち手部分があらぬ方向へ飛んでいく。
若手というか・・新人、初心者といった感じかな。
ゴン、パッカーンと盛大に音を立てて“やらかした”男を、仲間たちがやいやいと構うのだ。
「やれやれ、いくら仕事が無いからと言って、何を遊んでいるんだか。」
マリッサの爺さんが溜息を吐くと、振り返った男達が急に真面目な顔をして、きびきびと周辺を片付けだした。
雑然としていた部屋が、あっという間に整頓される様子は見ていて面白かったが・・・最初から綺麗にしておけよな。
「大親方、仕事かい?」
爺さんは大親方らしい。
「まぁ、そんなところだ。・・こっちの仕事だったがな。バロッサはどうしている?」
「こっち」と言いながら何かを飲む仕草をしたので、全員が納得したような顔をする。
そして俺と俺の頭の上に視線をやる。もう慣れたけどな。
バロッサと聞いて、男達が渋い顔をしたのが気になった。
「奥の部屋に。お嬢も一緒だ。」
それを聞いたマリッサの爺さんも、一瞬だが苦い顔をしたように見える。
どうしたんだ?
聞く間も無く、爺さんは奥の部屋へと歩を進め、俺もそれに倣った。
マリッサが作業をしていた部屋。中から何やら話し声が聞こえる。
話し声というよりは、喧嘩しているような声だが・・・。
いつも淡々としているマリッサの方が声を荒げているのは珍しかった。
マリッサの爺さんはノックもせずに、ガチャリとドアを開ける。
「だから、そんな装備と、ここ2~3日で作った装備とを比べられても困るのよ!
ノルターク(むこう)でちゃんとした物を買うまでの間に合わせだから、今までの装備よりも質が高いのだし、これで十分な筈よ!」
「2~3日で作ったなど関係ない。きちんとした装備を身に着けずして行く事は許さない。」
かなりヒートアップしていたようだが、ドアが開いて爺さんをを確認すると、急に気まずいほどの静寂が場に満ちた。
何を言い争っているのかね?
「リフレ!」
「・・お前は・・・。」
続いて、爺さんの後ろにいた俺にも気が付いたようだ。
親父さんの鋭い眼光が刺さる。
話を聞くと、親父さんの持つ装備と同じレベルの装備を手に入れないと、ノルタークに行く事は許さないとか。
だったら、その装備をマリッサにあげたらいいじゃん?って思ったけど、装備を手に入れる事も冒険者としても資質なのだとか。
資質が無いのなら諦めろと言いたいらしい。
「違うのよ。最初は適正レベルのセット装備を手に入れないと行かせないって話だったの。
で、用意できそうなものだから、今度は自分の造った装備を持ち出して、最低でもこれくらいは~とか言い出したのよ。
つまり、難癖を付けて行かせないつもりなのよ。付き合うだけ無意味だわ。」
まぁ、心配なんだろうな。
で、その装備、20レベルのものだが、+3まで強化されている。
マリッサの造った装備は材料が良かったのもあり、24~28レベルの物になったそうだが、+3の装備にはあと一歩及ばなかったそうだ。
ここで、ふと思い当たってマリッサに耳打ちをする。
「なぁなぁ。もしかして、親父さんにおねだりしたらもらえたんじゃないのか?」
マリッサにプレゼントする予定だったのが、思ったよりも早くレベルが上がってしまったんではないだろうか。
渡しそびれているうちにノルタークに行ってしまい、帰ってきたら危険な冒険をすると言うので、不本意ながらもこんな使い方をする羽目になったとか・・。
「・・・これは、ずっと前から店頭に並んでいた物よ。それに成人男性用だから、直さないと着ける事はできないのよ。
何か誤解をしているみたいだけど、あの人はそんな可愛らしい発想のできる人じゃないわ。
気に入らなかったら、どんな手を使ってでも自分のやりたいようにする、そんな人よ。」
なんだ、売り物かよ。俺の感動ストーリーを返せ。
勝手に想像しただけだけどさ。
それにしても、マリッサは父親が嫌い過ぎるだろう。
ああ、12歳っつったら、そろそろ難しい年頃なのかな?
ここにある装備は、+3を成功させるために、ぎりぎり見栄えのする安い素材で装備を幾つも作ったらしい。
その集大成が、ここにある防具セットなんだとか。
まさかと思うが、本当に難癖を付けて行かせたくないってだけじゃないよな?
低グレードの装備とはいえ、さすがに、大人が幾つも造りまくってようやく成功させた一品と、マリッサが3日程度で作り上げた一品とを比べるのは酷だろう。
真意を確かめるべく親父さんの表情を窺ったが、そこから読み取れるものは何も無かった。




