壷を買いませんか?
宿に着くと、おっさんらが屯していた。
こんな日ぐらい、職場に引き篭もっておけよ!
マリッサの爺さんが、商人の男と話している。
樽の購入についてだ。うん、樽、無くなっちゃったもんな。
材質やら値段やらで軽く揉めているようだ。ただの交渉だと思うが。
びしょ濡れの人が、交代で乾燥の魔道具を使っていた。
おかげで、宿の中は微妙にむわっと暖かく、湿度も相俟って不快指数が急上昇中だ。
遠くに雷の音が聞こえる。雨だなぁ。
「お、リフレも使うか?」
しかも町の備品じゃねーか!私物化してんじゃねーよ!
いや、使わせてもらうけどさ!
この魔道具、旧式なのか、それとも調整の問題か、ノルタークの宿で使っていたやつと比べて弱いみたいだ。
ダイヤルで調整はできるが、矢印で「ここ」とばかりに印が付いているので、動かしたらだめなんだろう。
タオルでしっかりと拭き取ってからの方がいいな。
こらスザク、バタバタするなって。
一度、部屋に戻ってスザクをタオルで揉み、俺も着替えて、改めて魔道具を借りる。
まずスザクを乾かしてやる。・・・ちょっと獣臭い。
ふかふかになったので、自分にも使う。うん、髪が乾いているっていいな!
マリッサの爺さんが、今度は蜂蜜酒を売り付けていた。
「ダリエさんの蜂蜜酒は、確かに評判がいいんですよね・・。」
「だろう?このコランダの上質の水。そして、俺の作った酒だ。
加えて、使ってるのはフォレビーの蜂蜜だ。今までの蜂蜜酒から、控えめに言ってもワンランク上の味だぞ。」
商人の男が腕を組んで唸っている。
また価格交渉か。商売も大変だな。
酒ってのは、あったらあったで便利だったりする。手土産的な意味で重宝するのだ。
長持ちする。見栄えもいい。相手に薀蓄を語らせ、悦に浸ってもらう事もできる。
酒の飲まない家に持ち込んだとしても、また別の場所にお土産として持って行けるのだ。
重いというデメリットは、アイテムボックスがあるので気にならない。
後で、俺も売ってもらおう・・。
それはともかく、今はマント作りだ。
礼を言って魔道具を返し、部屋に戻ろうとしたら・・
ロニーニャさんに引き止められた。教会のヒーラーさんである。
どうしてこんな所に?
「壷、いりませんか?」
あの壷、高いんだよ!容量もそんなに無いし、重いし。
寄付のつもりで買うか、樽が足りなくて切羽詰って無い限り、ほいほい買う物じゃないと思う。
それがぽんぽん売れたら、もっと買ってくれないかって思うよな。今が売り時ってか?
でも、もう充分だろ?
「いらないです。そもそも、一昨日は品切れになったんじゃないんですか?」
そう、一度、品切れになってるのだ。我ながら、無駄遣いしたもんだ。
その翌日から雨。壷なんぞ届くわけがないのだ。
「壷1つに対し、無料で1回祈祷を付けます。買いませんか?
品切れになったんですけど、在庫が無くなった話をしたら、各所から送られて来まして。」
しつこいなぁ。宗教と壷って時点で怪しすぎるんだよ。
まぁ、その怪しい壷を買った俺も俺なんだけど。
で、各所から送られて来たってどういう事か?と言うとだ。
電話みたいな魔道具と、聖霊庫・・クラン金庫みたいなのが、教会にあるらしい。
そこで、定期的に報告する義務がある他、壷の在庫切れなんて事態が起きれば連絡を取るのだそうで。
「ぶっちゃけ、壷って売れないんです。余ってるんです。
そのくせ、重くて場所を取るから、押し付け合いがすごいんです。
今、聖霊庫がどうなってると思います?壷だらけですよ!
『うちのも売ってくれ』って、大きさ、形に、色に、選り取りみどりですよ!」
知らんがな。
適当に話を切り上げて部屋に戻ろう。
俺が投げやりなのに気付いたのか、ロニーニャさんが俺の服を掴む。
なんだよ。
「ところで、光り輝く蜂蜜について教えてもらえません?」
アーーーーーディーーーーーーー!!!!!
お前、どこまで口が軽いんだよ!
また歌か?歌ったのか?
ここで、ロニーニャさんが声を潜めた。
「高く、買い取ります。」
なん・・・だと・・・・・?
「高く買い取るのは、蜂蜜をか?それとも、情報をか?」
俺も、思わず声を潜める。
情報と言われたら困る。でも、蜂蜜を高く買い取ってくれるのなら・・儲け話だ。
だって、無料で量産できるんだもん。
「情報も欲しいですが、無理は言いません。
光り輝く蜂蜜・・見せていただかないと確かな事は言えませんが、あるだけ買い取らせていただきます。」
ふむ。
買取という事は、思ったよりもあの超聖・蜂蜜は一般的なのかもしれないな。
人知を超えた、とか出るから焦ったけど、買い取り先があるなら安心である。
「とりあえず、壷に一杯。」
「とりあえず?」
ああ、うん。量産できるからね。
量産できる事を隠すつもりは無いけど、情報を積極的に出すつもりもないので、適当に笑って誤魔化す。
「と、いうことは、蜂蜜さえあれば、増やせたり・・・します?」
俺の顔色を窺うような感じなのは、やっぱり隠し事をしているせいか?
問い詰められないので気が楽だけど、顔色を窺われるのはちょっと嫌だな。
「まぁ、できないでも無いですけど。」
濁して答えると、ロニーニャさんが立ち上がった。
「場所を移しましょう。」
そうだな。
教会の人が金の話をしてたら、やっぱイメージ悪いだろうし、周囲に気を使うよな。
俺も立ち上がり、ロニーニャさんに続く。
ガチャリ。
ビュォォオオオオオ!!!
ザーーーーーーーーーー!!
ゴォオオオオ!!
バタン。
「部屋を、借りましょう。」
振り返ったロニーニャさんは、全身ずぶ濡れであった。




