商人の子供
威力的には問題なかったので、数発の連打を身体で受け止める。
武器は棍棒だが、所詮、子供の体力である。一方的に殴られているように見えるが、ダメージは無い。
俺のDEF(防御力)を超える事はできていないからだ。
「だっ、大丈夫ですか?!すみません、ウチの子が!」
慌てたのは、一緒に乗っていた女性だ。
そりゃ無言で頭を殴打されているようにしか見えないだろうからな。
子供の腕を押さえて止め、恐る恐る俺の様子を伺っている。
視線がスザクに吸い込まれるのはもういい。慣れた。
「ああ、大丈夫です。」
子供の教育は親に任せるべきだ。
俺もこの世界の常識には疎いので、盗賊と間違われるような行動をしてしまったのかもしれない。
ここで腹の立つ態度を取られたら話は違ってくるが、謝罪も受けたし、ちゃんとした人っぽい。
気にしないでおくのがベストだろう。
子供は俺と母親とを見比べてキョトンとしている。
そこへ現れたのは父親だった。
「お?どうした?」
「とうぞく!」
棍棒を俺に向ける我が子と、申し訳なさそうに縮こまる妻を見て察したようだ。
「あ、あの・・。うちの子がもしかして・・。」
俺の顔を見た直後に、視線が上へとズレるのはもういい。
そして、親に倣って、俺の頭の上を凝視する子供。本体はこっちです。
「それはもういいです。町で、馬車の子供に襲われる盗賊などいないと教えてあげてください。」
父親がものすごく恐縮して謝ってきたので、苦く笑いながら軽く会釈しつつ宿に戻る。
最後に疲れたな・・と思ったら、最後じゃなかった。
何しろ、宿は一軒しかないのだ。同じ宿に泊まれば、嫌でも顔を合わせる。
夕飯。
アーディに、ガキ共の面倒を見た報酬(肉)を強請まれていたら、あの家族に酒を奢られた。
ペコリ、と頭を下げられる。ちょっと気まずい・・・。
この酒、前回の採蜜で作った蜂蜜酒なんだと。
蜂蜜酒にさらに蜂蜜を加えて発酵させ、アルコール濃度と糖度が高めた、飲みやすくも酔い易い一品だ。
メニューの中ではちょっとお高めのお酒の筈だが・・。
まぁ、これであちらの気が済むというのならいただいておこう。
「おじさん、とうぞくじゃないの?」
「コラ。ごめんなさい、でしょ?!あと、おにいさんって呼びなさい。」
おじさんなのは事実だが、そういえばこの身体は・・・まぁ、子供にしてみればおじさんか。
俺としては、身長が伸びたせいもあり、若返った筈なのに“成長した”というか。
違和感はあれど、若くなったって感じがしないんだよな。何故だろうか。
ちなみに、今日び40を超えたおっさんに大人の落ち着きは無い。
俺の友人知人に限ってではないと思うが、外見はともかく、一皮剥けば、中身はみんな少年のような大人達であった。
俺個人に至ってはどうか。経験といえば仕事で貯めた経験がほとんど。
趣味に関しても、何も無いのは寂しいからと齧っては捨てで浅い知識しか無い。
だが、異世界に来て接待や名刺交換の知識が何の役に立つだろうか?
どこそこの社長は外国人のおねーさんとイチャイチャできるお店が好きだとか、あの専務は恐妻家だから夜遅い接待はしちゃ駄目だとか。
絶対に、これっぽっちも役に立たねぇよ?!
「おじさんは、冒険者だよ。」
子供に答えると、その表情がパァァアッと輝いた。嫌な予感がする。
「ぼうけんしゃ!おじさん、ドラゴンたおせる?」
「ロザ。ごめんなさいは?」
俺に謝りに来させたみたいだが、肝心の子供が目的を忘れているよ。
こうなれば、母親は意地でも謝らせようとするだろうし、子供は相手をしてもらおうと食いついてくるだろう。
「ちなみに、このお兄ちゃんも冒険者だ。」
うかうかしてると収拾が付かなくなりそうだったので、アーディの皿の横に報酬を置いて、「後は任せた」と部屋に戻る事にした。
ドラゴンってモンスターは居ないと思ってたんだが、一応、存在するのか?
それとも、ドラゴン系のモンスターの総称なんだろうか?
部屋に戻り、ベッドに横になる。
「コケ?!」
おっと、スザクの事を忘れていたな。
まぁ、まだ寝ないから自由にしていてくれ。
そういえば、今日はマリッサを見てないな。
さすがに、丸一日あれば、事情の説明ぐらい終えているだろうが、下手をすると説明そっちのけで何かアイテムでも作成しているかもしれない。
あまり日数に余裕が無いので、帰りについても視野に入れなければならない。
明日にでも、マリッサがどうしているか女将さんに聞いてみようと思う。
さて、俺は今、とあるアイテムが気になっている。
それをアイテムボックスから取り出す。教会から買った壷だ。その名も聖壷。怪しい。
これ、追加料金で回復魔法を込めると、中身に魔法の効果を閉じ込めることができるのだという。
今、ここに入っているのは蜂蜜なので、たとえばここにヒールを掛けるとヒールの効果の入った蜂蜜になるという話だ。
追加料金さえ払えば何度でも掛けることができ、効果も高まるらしいが、もしそれが本当なら、だ。
これにキュアを掛けると、似非万能薬ができるんじゃないだろうか?
怪しい。確かに怪しすぎるが、1つぐらい試してみてもいいんじゃなかろうか?
「・・・・・・。」
俺は、ちゃんと鍵を掛けたかチェックし、カーテンを閉める。
CC:クランベール
俺は、気分が沈むのを感じながら、補助キャラへと姿を変えるのであった。




