1日目:衣・食・住は大切だよね
「ポットが無ければ死んでいた……。」
冗談めかして言ってみるも、気分は最悪だ。
ちなみにポットとはHPポットという回復アイテムの事だ。
使用すると空き瓶になり、空き瓶は再びHPポットの材料になる。
話は戻るが、気分が沈んでいるのは先ほどから感じている違和感のせいだ。
捻挫した足の痛み。倒れてきた大剣の刃に手を出してしまった為に深く切ってしまった切り傷。
HPバーは減ったか減らないかもわからない程度の、ほんの微々たるダメージであったが、痛みは本物だった。そう、本物だったのだ。
だいたい、俺はある程度の衝撃を受けると夢から醒めるタイプだ。
夢だと分かっていて醒めたい時、俺はだいたい高いところから飛び降りて目を覚ます。
転んだ時、いつもなら目が覚めてもおかしくはなかった。
だが・・・。
改めて、俺は違和感と向かい合ってみる事にした。
「とてもじゃないけど現実とは思えないから、これは夢では無いだろうか?」という考えは一旦捨てよう。
夢と決め付けていたら大変な目に遭いそうだから、とりあえず、これが現実だと仮定して行動しよう。
さっきまでの俺はちょっとイタイ。いや、かなりイタイかもしれない。
「とりあえずモンスター見つけてスキルぶちかますぜ、HYAHHOOOOOOOOOOOO!!!」
うん。ない。かなりない。
友人・知人に見せられる姿では決して無い。クールダウンしよう。
これは現実。
現実問題で必要なのは?
金。
手持ちは23万D。正確には231,104D。
Dというのは通貨の単位だ。ドンスと読むらしいが、プレイヤー間では「ディー」で通じてた。
これがどの程度の価値なのか?
ゲーム内では、宿が2,000Dとかだった気がするが。
とりあえず今夜の宿は必要だろう。
見た感じ、まだ日も高いが、予約を取っておいて困る事はないだろう。
とりあえず町に戻り、戻ってわりと直ぐにあったはずの宿に入る事にした。
・・・看板をよく見れば剣と盾のマークなのに、間違えて武器屋兼鍛冶屋に入ってしまった。
ついでに武器の値段を確認して、無事(?)宿に入ることができた。
俺、方向音痴だっけ?
いやいや、ゲームでこの町に来たのは相当前だし、規模も全く違う。
ただのグラフィックが現実になっただけ、ではない。
生活スペースとして無理があった建物が、ちゃんとした家になっているのだ。
ドアを開けて家に入ると、中は1部屋しかなくて、ベッドも無ければトイレも無い。どんな生活してんだ?っていう事は無いのだ。
加えて、年季の入った染みや汚れ、傷なんかも普通にある。似て異なる世界。そうとしか言い様が無かった。
迷っても仕方ないんや……と心の中で言い訳をしながら宿の中を見渡した。
正面に受付カウンターがあり、左に階段、右側に調理カウンターがある。
乱雑にテーブルと椅子が並んでいて、箱から音楽が流れている。
ここはゲームとほとんど同じだ。
そして……真っ昼間っから飲んでいる男達がいる。
しかも、俺を見ておもむろに立ち上がった。
これはテンプレ的な展開か?
いかついオッサンの鋭い眼光。そして酒臭い息。
うん、嫌な予感しかしない。
ここはとりあえず、逃げ・・・
「なんだ、客か?珍しいな。一泊2,000Dだ。素泊まりなら1,500Dだがどうする?」
腕を組んでムフンと偉そうに胸を張るおっさん。
「店員かよ!」
思わずツッコんだ。だって、客席で飲んでんだもの。
まったく・・・これだから田舎ってのは・・・。
もっと客商売ってものを真剣にだね…
「いや、客だ。女将さんなら昼の仕事中だ。ちなみに俺に金を払ってくれも良いが、俺の酒代になるだけだぞ。」
客だった。
「まじか!危ないな!ってか俺はどうしたらいいんだよ。」
詐欺られるところだった。いや、自己申告だからそのつもりは無かったのか?
とにかく、宿泊の予約を入れておかなければ。
「面白い兄ちゃんだな。女将さんは空の色が変わらんと戻ってこないぞ。
まぁ、部屋はいつでも空いているから、夕方になったら、もいっぺん来るんだな。わはは。」
何が楽しいのか分からないが、他のおっさん達も楽しそうに笑っていたので、俺も愛想笑いをして宿を出た。
…なんか疲れてしまった。
ともかく夕方まで・・・3時間くらいかな。
近くのダンジョンまでの距離とか掴めないし、ダンジョンはやめておこう。
確か、この町の北の方に、小さいながらも市をやっているスペースがあったはずだ。
プレイヤーとNPCが混在して物を売るスペースで、わりと賑わっていたはずだが・・・。
そこで時間を潰すつもりで行ってみたが、そこには何も無かった。
本命は倉庫屋さんだ。
そこで、預けているアイテムとお金を確認するつもりだったのだ。
「うそ・・・だろ?」
店が無いどころか、誰もいない。広場すらない。
藪に覆われたそこは、明らかに町の外であった。
ここは俺の知っているTFFの世界じゃないのか……?
それにしては、モンスターといい、町並みといい、ほぼそのままなのだが。
それに、ゲーム内で獲得したレベル、スキル、アイテムを持っている。
どうなっているんだ?
これはやっぱり夢なのか?
俺は混乱したまま、北の藪を突っ切って森へと入った。
夢ならそろそろ覚めてもいいはず。
それに、とにかく今は一人になりたかった。
……。
……………。
・・・・・・・・・・・・。
はて?ここはどこだろう?
道なき道は歩きにくいのだが、レベル252のステータスでごり押しできた。
問題は、振り返っても町が見えず、自分がどの方向から来たか分からない事だ。
俺がマップの機能と便利アイテムを思い出す頃には、日が傾き、空が茜色に染まっていた。
-解説- 読み飛ばしてOK!
ダンジョンって?:ここでは遺跡の事。扱いはゲーム、作品によって異なる。
NPCって?:Non Player Character(ノン プレイヤー キャラクター)、つまりプレイヤー以外のキャラクターの事。
モンスターって?:化け物。怪物。魔物。ゲームにおける敵・・である事が多い存在。
レベルって?:経験 (値)を積んで上げる事ができる数値。基本的に、レベルが上がると強くなる。
経験値って?:ゲーム上の経験を数値化したもの。参加した戦闘で手に入れる事ができる他、ゲームによってはクエストでもらえる事もある。
スキルって?:技。漫画とかでも最終奥義!とか叫ぶ場面がありますよね。あれです。
アイテムって?:持ち物。武器。防具だったり、道具だったり、素材だったり。
回復アイテムって?:ゲーム上の薬。ほとんどの場合、即効性がある。怪我をしても、ものの数秒で回復していく。他にも状態異常(毒、火傷、暗黒)などに効果があったりする。
マップって?:地図。ここでは、自分の現在地を中心に、その周辺を映し出す機能。カーナビみたいな感じ。ただし案内は無い。
ステータスって?:ゲーム上、人の持つ様々な能力を数値化したもの。レベルが上がると上昇する。
真っ昼間っから飲んでいる男達って?:クレインさんとその仲間達。クレインさんは強面だが陽気で面倒見の良いおっさん。この町の唯一の宿に毎日通っている。
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結構、ゲームを知らないと分からない用語って多いのかも?