信頼の価値
オッサンの話を整理してみると、どうも、俺の動きがその組織の動きを邪魔してるっぽい。
で、その謎組織の敵対組織の一人として、俺が活動をしているんじゃなかろうか?と踏んだようである。
多分、今までの質問も、背景を探る為に必要だったのだろう。
そして、ある程度の確証を得たと思ったから、こうして接触を試みている・・・という事だろうか。
仮にそうだとしたら、それはとてつもなく大きな誤解である。
あの変な組織と遭遇してしまったのは偶然だし、俺は最近、この世界に来たばかりだ。
背景とか、詳しいところは全く分からないし、もちろん敵対組織ではない。というか組織ですらない。個人だ。
「コホン。何か勘違いをされているみたいですが、俺はそういう組織については知らないし、何かの組織に所属している訳でもありません。
奴ら・・その謎の組織とは、この町で初めて出遭った訳ですが、それがどんな目的なのかも知らないし、敵対は・・まぁ仲間が浚われた以上、していると言えますが、それ以上の繋がりは無いですね。
当然、どんな組織なのかも知らないし、心当たりも無いです。」
正直なところを告げたわけだが、ギルマスのオッサンは腕を組んで唸っている。
納得していただけませんかね?嘘など1つも入ってませんよ。この件に関しては。
ってか、このオッサンは俺に何を求めてるんだ?
組織の事だし、機密もあるのかもしれないが、中身の見えない箱の中に手を突っ込む勇気は、俺には無い。
俺の情報をある程度取り込んだ上でしか話せない事なんだろうけど、こっちにだって事情がある。
下手に踏み込んだりしないぞ。薮蛇は本気で不味いからな。
「・・・・・・・・ふむ。
お前さんは、コランダでも良い働きをしていると聞く。このノルタークでの活動も、広く住人に喜ばれている。
それ以外の活動は、記録にも無ければ目撃談も無い。だが・・。
お前さんは、我々の味方だと・・・・・信じても、いいか?」
「やめてください。」
俺は、即答した。
ギルマスのオッサンは、何か続けようとしてたみたいだが、言葉を詰まらせる。
信じてもいいか?だなんて、冗談じゃない。
まず、気軽に「信じてくれ」と返したとする。
①俺が信じさせる根拠を持って無い。俺の過去は、この世界に無い。
何しろ、異世界の住人だ。それに、全てを明かすつもりが全く無い。
「まず、俺が何を言ったところで、根拠は無いし、信じてもらうつもりもありません。」
②この先に待ち構えているのは何だ?ギルドの機密かもしれないし、変な陰謀かもしれない。
目の前で困っている人になら、思わず手を差し伸べてしまう事はあるかもしれないが、厄介ごとに喜んで首を突っ込んでいく趣味は無い。
「貴方方の仕事に関与するつもりもありません。」
③敵かも知れない奴相手に決断を委ねるってどうなのか。
敵としては都合が良く、味方としてはどうかと思う。甘すぎる。
取引先に「信じていいですか。」なんて聞く上司を、部下は信用できるか?
俺は無理だ。このオッサン、仮にもギルマスだろう?なら、俺に聞くな。
「信じていいか?と聞く相手を間違ってませんか?
俺という存在は、貴方の味方かどうかも不明です。そんな相手に結論を委ねるんですか?
本当に貴方は、このノルタークギルドのトップとしてそう考えてるんですか?
『はい、信じてください』なんて無責任な台詞、俺にはとても言えませんね。
そんな事を言って他人を喜ばせるのは宗教家の仕事です。
他人を信じて良いかどうかなんて、その目で見て、その耳で聞いて判断するものでしょう。
好きに疑ってもらって結構です。俺は、俺の仕事をするだけですから。」
言ってる途中で、無責任な上司を思い出してイライラし、更にに後半になって「これは八つ当たりだな」と気付き、苛立ちが尻すぼみになる。
酒の席では「俺のせいじゃない」が口癖だったあの上司。
「工場を信じてたのに」「社員を信じていたんだ」とか綺麗事を並べてくる。
つまり、工場や社員のせいであって、自分のせいではない、というわけだ。
だから出世で若い奴らに抜かれていくんだよ!
それでも、長いこと会社に在籍していたおかげで、年の割には重要ではないけれどそこそこのポジションにいたし、口調は穏やかなので嫌ってる人も少なかった。
決して人を引っ張っては行けないタイプで、上司としてはどうしようもない人だったなぁ。
それはさておき、俺は「信じていいんだな?」って言われるのは嫌いだ。
裏切られた時に、「信じていいかって、俺、言ったよな?」と責任転嫁できる。つまり心の保険だ。
こっちだって信じられる相手に任せたい。そんな保険を敷く奴、信じられるか?
俺に聞かずにお前が自分で決断しろよ、と思う。
ちなみに、「信じてくれ」という言葉も嫌いだ。十中八九、裏切られるからだ。
俺の持論はこうだ。
言葉にしなければ成り立たない信頼関係は、脆い。
そんな脆い信頼関係を築くぐらいなら、最初から構築しない方がマシである。
いや、マジで良い事ないんだって!
「・・・わかった。お前さんの仕事に・・期待、しているよ。」
ギルマスのオッサンは、重い溜息と共に言葉を吐き出したのだった。




