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蜜蝋(みつろう)とは何ぞや?

さて、鶏に餌をやって戻ってみると、作業は着々と進んでいた。

なんだろう・・この、俺が居ない方が仕事がはかどります感。


天秤棒の最初の一塊ひとかたまり(一抱えほどの巣の欠片を3段にしたもの)の蜂蜜が既に取り出されたようで、巣は影も形もない。

なるほど、そうやって布で綺麗にし取るわけだね。


で、大きい漏斗ろうとを使って樽に入れる、と。

なんだ、やっぱり俺でもできそうじゃん?


「リフレがやったら途中でこぼすと思うなぁ。」


人の心を読むのやめてもらえません?

声のした方を見ると、マリッサが巣の残骸から「これでもか!」とばかりに蜜を絞っていた。

や、もう出ないんじゃね?


「まだスプーン2杯は出るから。はい、そこ『スプーン2杯ぐらいどうってことない』みたいな顔しない!」


喋らせろ。何故俺の言いたいことがわかるんだ。読心術?!


「いちいち表情で喋るのやめてくれないかなぁ!」


表情かおに出てたらしい。いや、そんなにか?


シートの隅のタライに巣の残骸が入っていた。

これでもかと蜜を搾り出されたそれは、カチカチの石のようである。

もう一滴も蜜を取り出すことなど出来ないんではなかろうか。

それをコンポストに投げ込もうとしたら、たまたま俺の行動を見ていた奥さんに止められた。


「それを捨てるなんて、とんでもない!」


思いっきりツッコミたかったが、やめておいた。通じないだろうからな。


「これ何かに使えるんですか?」


と聞くと、この巣の搾りかすは「蜜蝋みつろう」とか呼ばれる成分が豊富に含まれているのだとか。

練成で珍しい金属を抽出できる可能性もあるが、基本的にはミツバチという昆虫の巣と同じだそうだ。

蜜の入っていた部分を薄くスライスして、蜜と一緒に食べる人もいるそうだが、俺的には遠慮したい。

化粧品やワックスなんかにも加工でき、これを固めて蝋燭ろうそくにすると、僅かに残った蜂蜜が焼ける、甘い香りが漂うのだとか。

つまり、俺の捨てようとした巣の残骸(これ)は貴重な素材の1つなのである。


「次の出してもらう時に呼ぶから。ここは大丈夫だから。」


と暗に邪魔だとのたまうマリッサに恨めしい視線を送りつつ、畑の方をうろつく。

さすがに入っては行かない。これで作物を踏んだりしたら、目も当てられないからな。


見たところ、普通の麦である。野菜も植わってるな。

異世界っぽい感じはしない。

見た事のないカラフルな野菜も無いし、驚くほど奇抜な形状の野菜も無い。

動き出したり、喋り出したり、歩き出したりする気配も全く無い。

抜いたら悲鳴を上げるのかどうか、までは分からないが・・・・・。


うん?


なんかいる!


人だ。木箱に上半身を隠しているが、尻と足が見えている。

どうも、マリッサ達の様子をうかがっているらしい。


「不審者だっ」


ビク、と木箱が揺れる。

そんな木箱で誤魔化せると思ったのか?そんな芸当ができるのはス○ークぐらいだぜ。

そいつは、まだ木箱で身を潜めている。まだ何とかなると考えているらしい。


木箱に集中する。


[木箱:木でできた箱。少し痛んでいる。]


いや、それが知りたいんじゃない。

仕方ないので見えている足に集中する。


[バロッサ]


・・・。あ、これ隣の鍛冶屋だ。

鍛冶屋は変質者だったのです!


違う。そうじゃない。



2nd(セカンド)キャラの1人、鍛冶キャラのドワーフのストーリーが頭をぎる。


バロッサは、その中に登場するのだ。

それはゲームの中で起きた事。


でも、この世界では「まだ」それは起きていないのだとしたら。

そう、この世界がゲームと同じならば。


――俺は、未来を知っている事になる。



「・・・ふぅ。」


こいつをどうしてやろうかと考えていると、俺を呼ぶ声がした。

とりあえず見なかったことにして、マリッサの元へと戻ったのだった。


もう1つ分の天秤棒を出す。


天秤棒だけで残りがあと2つあるわけだが、嫌な顔せずどんどん作業をしてくれている。

ありがたい。


俺は、少しの間だけテキパキと進む作業を見守り、そして・・・邪魔にならないよう、その場を後にした。



「・・・・・・・・。」


「まだいたのか。おっさん。」


バロッサは2nd(セカンド)“槌キャラ”であり“鍛冶キャラ”でもあるディナフェイルの父親だ。

…というのが、俺にとっての認識(・・・・・・・・)だが、この世界でその関係(・・・・)は存在しない。


ゲームの話になるが、元祖RPGがそうであるように、プレイヤーが付けた名前がそのキャラの名前となるので、子供である槌キャラの名前は“()()()()()()()()”のだ。

ディナフェイルも、俺が鍛冶キャラに付けた名前である。

よって、この世界に“バロッサの娘のディナフェイル”という人物は存在しない(・・・・・)事になる。


俺が、槌キャラ、大剣キャラ、銃キャラなどと呼ぶのも、キャラに名前が無く、公式的にも「大剣」「銃」などと紹介されているからである。

しかも、そこから派生する職・・・例えば大剣の場合は魔法剣タイプなんかは、適性ステータスが全く違うにも関わらず触れられていない。

運営的には構成ステータスが変わっても同じ大剣という扱いで、攻略プレイヤーが自由に名付けて呼ぶという「おまかせ仕様」だ。

この「おまかせ仕様」というのは、杜撰ずさんな運営のシステムに対して、プレイヤーが最大限の皮肉を込めた呼び名だ。

が、公式的に「こちらはおまかせ仕様になっています」などと言われる始末で、プレイヤーを大いに脱力させた、という経緯を持つ。

ちなみに俺の元祖メインの大剣キャラ(リーフレッド)は、残念ながら魔法剣タイプではない。

・・・ステータス分配が難しくてな。


話が逸れたので戻すとしよう。

俺は最初、マリッサをプレイヤーと勘違いした。

プレイヤー以外使えない(と勘違いをしていた)アイテムボックスを使ったのが最大の理由だが、その外見や使用武器にも特徴があったからだ。

マリッサは俺の持つキャラ、ディナフェイルと別タイプ(・・・・)の職業、クロスボウを選択したのだと思ったのだ。


俺のディナフェイルの場合は、だ。戦闘で使うときは槌キャラと呼び、製造の時には鍛冶キャラと呼ぶ。

で、このキャラというのは“クロスボウを持つ中距離(タイプ)”にもすることができたりする。


鍛冶キャラ = 槌 (タイプの)キャラ = クロスボウ(タイプの)キャラ


クロスボウキャラ = マリッサ


つまり、マリッサはプレイヤーではないか?と。そう結論付けた。


しかし、そうではなかった。

マリッサはまず間違いなく鍛冶屋バロッサの娘である。

ゲーム上で言うところのクロスボウキャラであり、何ら矛盾するところはない。

しかし、プレイヤーでは無い。


名前が無いはずの職業キャラが、名前を持って実在していたとしたら。

この現実の世界で生活する、“生身の人間”として存在するのだとしたら。

――いや、実際にそこに存在したのだ。


マリッサは、言ってみれば物語(ストーリー)の登場人物・・主役だ。


では、ゲームキャラというのは何なのか?

ちょっとややこしい話をしよう。

キャラには背景となるストーリーがあるが、それは同じ職キャラのプレイヤーが全員進行可能だ。

簡単な話、“俺(が所有するキャラ)のストーリー”ではなく、“そのキャラの元となった(・・・・・・・・・)人物(・・)のストーリー”である。


つまり、俺とは無関係に、キャラのストーリーは進行しているのである。


俺が名前を付けた、例えばリーフレッド、ディナフェイルなんかは、“生身の人間キャラの人生を擬似的に楽しむ”というスタンスの「他人キャラの姿をかたどったプレイヤーの分身アバター」とでも呼ぶべき存在なのだろう。

つまり、現実この世界に存在しない、もしくは“存在するのがおかしい(・・・・・・・・・・)人間”、と言える。


でも、よく考えてみると、同じ姿形の人間キャラが何人も並んでいるゲームの方が異常なのだ。


本物の人間キャラと、偽物アバターの俺。


何の為にこの世界に来たのかは、まだわからない。

だが、ゲームで起こった出来事が起こり得るのだとしたら。

俺の知っている未来がそこにあるのだとしたら。


・・・何か、出来る事があるんじゃないのか?



俺の知っている物語の中でのバロッサは、こんな風に娘を影から見守るようなキャラじゃない。

まるで自分の娘ではないかのように冷たくて、心配もせず、口も利かない。

そして、家族から遠ざかり、最後には武器屋のMOBとして独り寂しく生きていく、そんな印象のある人物だ。


「おっさん。何を考えてそこにいるのかは知らない。

俺の上司が「見てるだけ」「考えるだけ」「思うだけ」「言うだけ」は何もしていないのと同じだって言ってた。

何か事情があるなら出てくるといい。

このまま隠れているつもりなら・・・大声で『ここに変質者がいます』と叫ぶぞ。」


キャラストーリーっていうのは、割と悲劇的な内容も多い。

冒険譚である以上は仕方ないところもあるのだろうが、俺は、基本的にはハッピーエンドが好きだ。


できる事なら、悲劇は避けたいし、避けられないなら相談に乗って軟着陸させたい。

しかし、一部を切り取っただけのストーリーでは、どんな背景があったのかわからないのだ。


オッサンは、箱の中でしばらくゴソゴソとしていたが。


「みっ、見てるだけなら、何もしてないのと同じなんだろっ。

じゃぁっ、みっ、み見逃してくれっ。」


・・・・・・・・・・。

なんだ、これ。何キャラだ?これ。

てか、コイツ、怪しいのは見てくれだけじゃなっかたらしい。

だって、これじゃまるっきり・・・


「犯罪者の理屈じゃねーかっ!!!!!」


俺が思わず叫ぶと、テーブルを囲んでいたマリッサと奥様方が「何事か」と振り返ったのだった。

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▽お知らせ▽

◆高頻度で最終ページ《(仮)タイトル》は書き込み中。
加筆・修正により、内容が倍以上増える事があります。
たまに前ページの内容を見て加筆する事もあります。

◆後追い修正の進行状況:現在152ページ。H.30 5/5

◆作者が混乱してきたので、時間がある時にタイトルに日数を入れます。
あとがきに解説も入れていくつもりです。いや、無理かもしれん。
がんばるー(棒読み)

▽ぼやき▽
3月には書き終えるつもりだったのに、5月になってもまだ序盤ってどういう事だ?
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