ギルディートはいずこ
アーディを捕まえたかったが、めちゃくちゃ忙しそうだった。
ギルディートの事で話があると言うと、「明日な。」とあしらわれてしまった。
明日の朝からと約束を漕ぎ付けてある。
昼は、また試作品のテストを付き合わなきゃならんからな。
・・もう試作段階は終わったんだっけ。
テストをしてる間も、ローテーションで他の職人さんが鍛冶場に篭って作業をしてたりする。
それが明日、出てくる。今日のテスト結果から、すでに改良を始めているかもしれない。
基本的には、今日の結果を受けて改良されたのが、明後日に出てくる。
その繰り返しだが、すでに実用段階。
カートリッジの交換は相変わらず面倒だが、そろそろ、本当に謎の生き物と海戦を行わなければならない。
「・・・虫ってのが嫌だよなぁ。」
昔はそんなに苦手じゃなかった。
むしろ、夏はカブトムシを獲ったりして遊んだし、害虫の駆除も進んでしてたし、蛾やゴキブリも平気だった。
しばらく田舎で一人暮らしをしたんだが、その間に急激に虫に弱くなった。
知らない虫は出る。噛んでくる。強がる相手もいない。
カマドウマという、バッタみたいな虫。あれが家の中にウヨウヨしてた。寝てたら顔に乗ってきた事もあった。
殺虫剤をかけたら跳ねまくる。殺虫剤まみれのテラテラとした体で俺の方に飛んで来た時、虫に対して初めて悲鳴を上げた。
鈴虫が奴らに似ている事に気づいて、それから駄目になった。
秋~冬はカメムシだ。まさか蛾に噛まれるとは思わなかった。ファンタジーの世界の話じゃないんだぜ?これ。
俺を木と勘違いしたのか知らんけど、蝉にさえ刺される始末だ。
些細なトラウマも積もれば悲惨である。
そして、そんな愉快(?)な田舎生活の後、地元に戻ってみたら、ゴキブリがやけに目に付き、怖いと思うようになっていた。
殺虫剤をかけられて苦しいのは分かるが、何故こっちに向かって来る?
虫の話はもういい。置いておこう。
作戦の変更は今のところ、無い。
実用段階にある『スイバ -シリーズ』を使ったとしても、概ね一緒だ。
問題は、相手が正体不明である事。これに尽きる。対策の立てようが無い。
一旦、様子を見て戻るのも手だと思う。
ただ、人件費が問題なのかもしれない。
明日、もう一度ギルマスのオッサンに話をしに行こう・・そう思った。
飯の前にマリッサが起きたので、酒だけ奢ってやる。
宿の店員が忙しそうだから、飲み食いは控えめにな。
おい、少しは遠慮しろ。樽で頼むな。
そんなこんなで翌日である。
席に座っているのは、俺、マリッサ、アーディ、そしてギルマスのおっさんである。
いや、なんでアンタがここにいる?
「仕事はどうしたんですか?」
「まだ出社時間じゃない。そして、何故、昨日はウチに来なかった?」
ギルマスのオッサンの家なんて知らないぞ、と思ったらギルドの事だった。当たり前か。
資金を用意し、俺が行くのを手薬煉を引いて待っていたらしい。
それは悪いことをした。
だが、今はそんな事よりギルディートの事である。
「そんな事ってお前・・・」
はい、黙ってねー。
「ギルディートはどうしたんだ?
一応、一緒にダンジョンを探索する約束をしてたんだが、何か聞いてないか?」
アーディは難しい顔をしている。
「んー。それが、あいつにも色々あってな・・。
あいつは、病気の母親の面倒を見るために冒険者をやってたんだが、安定していた母親の病状が、急に悪化したらしいんだ。」
マジか。ギルデイートのプライベートって、そういえばあまり聞いてないな。
これ、俺達が聞いていい話なのか?
「今、母親のいる首都に向かっているが、もう着いたかもしれないな。で、お前、あいつに何か預けてたろう?
『実は、千金にも勝るアイテムを預かっている』って相談を受けた時は、どうしようかと思ったぞ。
で、だ。そのアイテムって、もしかして薬じゃないのか?」
あれ?事情を説明してくれるんじゃないの?
俺が質問に答えるの?いや、答えるけどさ。
・・・ああ、万能薬とか蘇生薬の事かな?
「薬・・だな。」
「なるほどな。俺も、大雑把な背景しか知らないが、ギルディートが薬を手に入れたとなると、する事は1つだろう。」
早朝も早朝。
他にも宿に止まっていた客はいるが、朝から元気な者は少ないらしく、静かだ。
「そうか。母親に薬を持って行ったのか。」
「おそらく。・・いや、間違いなく。」
どんな病気なのか知らんが、万能薬さんなら何とかしてくれるだろう。
気になるのは急激に悪化したって事だな。間に合うといいんだが。
「無事、よくなるといいな。」
そう口にすると、アーディはポカン、と口を開けた。
そして・・。
「薬って、あの薬か?おま、あれが、いくらの価値だと思ってる?!
鑑定士が泡を吹いて倒れたんだぞ?馬鹿なのか?阿呆なのか?」
唾を飛ばして俺に詰め寄ったのは、ギルマスのオッサンだった。
近い。近いよ。だいたい、アンタに薬なんて渡して・・・・・渡したな。
毒の砂を渡した時に、鑑定した人が毒状態になったら拙いと思ったんだ。
「ってか、それって毒で倒れたんじゃないよな?
あと薬の鑑定なんて頼んでない筈だが。」
俺が言うと、ギルマスのオッサンが頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
どうした。
「多分、ギルドに行って話した方がいいのよ。ここは人が多いわ。」
確かに。朝食に降りてきた商人や冒険者で賑わいだした食堂は、馴染みもいれば見知らぬ人もいる。
俺達は、付いて来いとばかりに歩き出したギルマスのオッサンの後ろを付いて行く事になったのだった。




