ご近所さんに蜂蜜のおすそ分けを
「皆さん、入れ物は持ってきていますか?」
俺が問うと、各々(おのおの)ジャムとかを入れそうな小瓶を取り出した。
・・・。
え?みんな1瓶ずつ?そんな小っさい瓶でいいの?
オバチャンって結構、そう、なんていうか控えめに言って厚かましいイメージだったんだけど、そうでもないのかな?
俺としては、この天秤棒のやつ1段ずつ渡してもいいような気がするんだが・・・。
振り返ると、マリッサが頷く。
道具はテーブルに出てた。
・・・・・。
「俺はあんまり器用ではないので、各自でやってもらっていいですか?」
そう言うと、わぁぁっと歓声を上げ、仲良く道具を使って瓶に移し始める。
で、マリッサにこっそり問うてみた。
「なぁ?あれ、1段ずつ渡したらまずいか?」
「えっ?まずく・・はないけど・・・。どうして?」
どうしてと言われてもなぁ。
後から足した分も合わせるとものすごく大量にあるんだよなぁ。
処分するの大変そうだし、何しろ触りたくないし。
巣を回収した時、剣に付いてた蜂蜜は振るったらほとんど取れて無くなり、手に付いたやつはマリッサの所持品のタオルで拭き取った。
あの時、タオルってリアル冒険者なら必要だよなって思った。“色々便利そう”というよりも、“無かったら不便そう”なのだ。
桶とタオルのセットを見た時は「風呂かよ?!」と思ったが、侮れない。あと、水も重要だな。
話が逸れた。
マリッサは手に付いた蜂蜜を舐めてから拭き取ったし、俺が手に付いた蜂蜜を拭き取った時も、剣を振るって蜂蜜を飛ばした時も「もったいない!!」と叫んでいた。
自分の取り分を心配してるわけじゃないよな?俺、そんなにいらないよ?
「まさかとは思うけど、『巣にも触りたくない』とかそういう理由じゃないわよね?」
ギクッ。
動きが止まった俺を見て、呆れたような視線を送ってくる。
だって、あの謎物質の巣さぁ、不気味だよね?!
蜂蜜のみならず、幼虫だって入ってたんだよ?
「そういえば、旅人が広場で配ってた“いなご”を見て気絶したって話があるんだけど」
ギクギクッ?!
「何故それを?!」
「・・・はーーーぁっ・・・・。」
溜息?!?
いや、気持ちはわかるけど!
俺だって気絶までするとは思わなかったし!
あれはあくまでタイミングが悪かったというか!
「いい?蜂蜜は高級品なの。特に、巣から採れた濃い蜜はね。
貴方の好む・好まないはとりあえず置いておいて、取っておきなさい。
相当日持ちするし、困ったときにお金に出来るわ。
みんな、瓶に一杯もらおうなんて思ってもいなかったのよ?
半分くらいもらえたらいいかしら、ってね。
私が『多分1瓶もらえる』って話したら、相当喜んでいたもの。
だから、充分よ。」
なるほど。さすが先輩冒険者だ。
それで、今渡してきたこの小さい樽は何ですか?
「『何これ?』って顔しないの。フォレビーから回収した蜜よ。こんな量、見た事無かったわ。
あっちも高級品だけど、これだって結構するのよ。サラッとしてクセも無いから、お茶に入れたりするのよ。」
うぇえ。あの蜜袋かよ!
いや、これは俺の変わりにマリッサと女将さんが頑張って取り出してくれものだ。
軽んじてはいけない。
俺が神妙な顔をして受け取ると、マリッサが苦笑した。
「じゃ、こっちで残りもやっちゃうから、ちょっと休んでなさい。
あ、巣はまだあったわね。声の聞こえる範囲にいてくれたら、声をかけるわ。」
いやいや、待てと。
虫の解体は駄目だったが、巣ならいけるよ。虫付いてないし。
これ割って、中身をドバーッと移せばいいんだろ?
あ、布で濾すのか。あそこに持って行って絞ればいいんだろ?
「や、さすがに手伝うよ。」
と言ったら。
「貴方に手伝わせたら、折角の蜂蜜をかなり無駄にしそうな気がして怖いんだけど・・・。」
と言われてしまった。
確かに。と納得する反面、手伝わせろよ、とも思う。
でも、これまでの行動を省みても「たかが蜂蜜でそんな大げさな」という気持ちの抜けない俺は、きっと足手まといになるだろう。
「わかった。えっと、鶏の餌ってどうなった?」
小屋に入ったものの、餌をもらえずに恨めしそうに見上げてきた鶏を思い出した。
とりあえず、奴との約束(?)を果たすのだ。
「ニワ鳥?コッコ鳥の事かしら。それなら、おかあさ…女将さんが持ってるわ。
・・・なんか、餌をあげ過ぎそうな気がするから、1回の分量をちゃんと聞くのよ。」
俺は幼児か。
女将さんも苦笑しながら、俺を鶏小屋に案内する。
そして渡されたカップを見て
「え?これ少なくないです?」
思わず聞いてしまった。
こんなの、ちょっとずつしか行き渡らないじゃん。
「普通に話してくれたらいいわ。この辺じゃ、そんな改まった喋り方をする人はいないわよ?
あと、コケコ鳥にとって虫はご馳走なの。他にも理由はあるんだけど、沢山あげると、他の餌を食べなくなってしまうわ。」
なるほど。
檻の長い餌入れに、ほんの少しずつ虫を細かく刻んだ餌を入れていく。
うん、これだけ原型無いと大丈夫だわ。
平気かというと、そうでもないんだが、大丈夫だわ。
鶏が慌てるように餌を啄ばむのを見ると、いくらでもあげたいような気になってしまう。
うん、1回の分量を渡してもらって正解だったな。
何も言われなかったら、3倍以上はあげてただろう。加減って大事だな。
「あれ?コイツ、怪我してます?」
怪我をしているように見える鶏がいる。
鶏って割と凶暴だと聞くが、害獣でもいるんだろうか。
女将さんの鶏に何てことを・・・許せんな。
女将さんが返事しないのを不思議に思って、顔を上げると、女将さんが目を逸らしていた。
「女将さん?」
「あの・・・ちょっと餌の取り合いで喧嘩をしたみたいでね。」
・・・・・・・。
あれ?おかしいな。思い当たる節があるぞ。
小屋に誘導するために、餌入れに適当に餌を放り込んだわけだが。
大き目の欠片をゲットした鶏が、他の鶏に追われ、小屋の中を逃げ回って大騒ぎしてたっけ。
「すんませんでしたーーーっ!」
俺は居た堪れなくなり、頭を下げるのだった。