人・人・人
上に広がる形をしていた布のケースだが、飛んでくる小銭の重みに耐え切れず、随分とへちゃむくれて、寸胴な形になっていた。
まだ飛んで来そうであったが、途中で爺さんと折半する。
全部置いて行のは、なんか色々まずそうだと思ったのだ。
爺さんが律儀に取っといてくれてもまずいし、ポケットに入れて問題視されても面倒だろ?
折半っつっても、小銭をザーッと出して、テキトーな半分を元の布のケースに戻しただけだ。
半分はアイテムボックスに放り込む。
グッ、と親指を突き出すと、キョトンとした爺さんだが、ニッコリした。
OK。商売の邪魔をして悪かったな。という事で、撤退する。
布のケースには、その後も小銭が放り込まれていたが、まぁいいだろ。
人が移動したおかげで通りやすくなった道をさっさと抜ける。
「兄ちゃん!」
後ろの方で子供が呼ぶ声がしたが、すまん、構っていたら収拾が付かなくなるんだよ。
大通りから、宿のある方面へと向かう。
えーーーと、こっちだ、ここだ。
見覚えのある道に着いてホッとする。
あー、疲れた。
精神的な疲労がハンパない。
しばらく歩くと宿が見えてくる。
最近、飯時になると混んでいる宿だが、奥の席に空きを見つけて座った。
飯を注文する。
マリッサは・・・いないな。どうせ、そのうち現れるだろう。
毎回付いて来るドワーフのオッサンを見つけたので、話し掛ける。
以前、シーサーペント船で使われた、バリスタ船について何か知らないか?と。
その瞬間、食堂の温度がぐっと上がった気がした。
・・・・・。
「やはり、アレを討伐する気なんだな?」と詰め寄られ、
開発に至った経緯、製作中の試行錯誤について熱く語られ、
俺の考えている作戦について洗いざらい吐かされた。
運ばれてきた飯を食う暇も無い、という程では無かったが、オッサンめちゃくちゃ饒舌だな!
「そして、そこに『スイバ』が加われば、向かうところ敵無し、という訳だな?」
あ、はい。
正直、現段階の俺の作戦に『スイバ』は含まれていない。
まだ試作段階だし、止まったら沈む、使い方を間違えても沈む。
こんな扱い難い道具を使って討伐戦に挑むつもりは無い。
「しかし、アレに目を付けるか。うはは、アレは凄いぞ。なんてったって・・。」
それはさっきも聞いた。
ついでに、国境警備隊が作らせたという船についても聞いてみた。
空気が一気に重くなった。
「・・・・・。アレなら、領主が管理している。・・・・・・・・。
・・あいつら。・・なにが国境警備隊だ。自宅でも警備してろってんだ。」
目が据わってるよオッサン!
でもすごいじゃないか。一ヶ月もしないでちゃんと走る船を3隻を作るなんて。
普通できないよ。ケチがついたかもしれないけど、ものすごい偉業なんじゃないか?
最初は愚痴ばかりだったオッサンも、口を開くたびに「すごい」「早い」と煽てられて、徐々に機嫌を直していく。
「そう、本当はあんなもん、できる筈がなかったんだ。それを町の為にだな・・。
しかしアイツら、ろくに戦いもしないで戻って来やがって・・・・・。」
結局、どうしても愚痴に戻ってしまうのは、仕方ない事なんだろうか。
でも、国境警備隊は一人も犠牲者を出さずに戻ってきたんだろ?
そこは評価したいと思う。俺的には。
「いや、ブラゴンに襲われて、1人死んでる。」
俺の読んだ資料には犠牲者0と書いてあったが、それはあくまでも“対シーサーペント戦”での犠牲が0という事だったらしい。
色々と残念な警備隊である。
マリッサが食事をしている。そろそろ時間か。
ってか、俺無しでも試作品の開発ってできるんじゃないの?
うん?マリッサが何か言いた気な表情で俺の顔を見ている。
俺の表情から何やら読み取ったのだろう。
足環を持った2人組と、アーディ、そして宿の店員が何やら話をしているな。
俺と目が合ったアーディが、苦笑いしてやってきた。
「ギルディートから伝言だ。『すまない』と。」
「???」
すまないって何だ?不機嫌だった事か?
ギルマスのオッサンに変な疑惑があるような事を言われて動揺したんだろうし、別に気にしてないぞ。
買い取りも、本来は俺が自分でやらないといけない事だしな。
そう返事したら、再び苦笑いして去って行った。
・・・何なんだ?
マリッサの飯が終わった瞬間、食堂にいた殆どの客が立ち上がった。
「さぁ、行くのよ。」
たまたまじゃなかった。
全員、足環を持っている子達も含めて海岸に行くようだ。
そして、マリッサに追随するように門に向かう集団。
そう、まさに集団移動であった。なんかえらいことになってんだけど。
「あと、貴方が使う道具なのだから、もっと真剣になりなさい。
常に前チェックを貴方がしてくれてもいいくらいなのよ。」
ああ、飯食ってる時に言おうとした事か。
そうは言ってもなぁ。
俺は“最先端”ってのはあまり好まないんだよなぁ。
例えば、だ。
ポケベルにしろ、PHSにしろ、PCにしろ、携帯にしろ、スマホにしろ・・・。
ある程度定着してから手を出した。
その方が、序盤の商品の入れ替わりの激しさに付き合う必要は無いし、散々先人が「どうにかしろ」とメーカーに申し入れて改良された物を使った方が、使い易いに決まっているからだ。
契約会社やメーカーごとのクセとかも研究され、レビューなんかも聞けるし。
未だに、レイシックやインプラントは未来の医療だと思っている。
特に、医療は成熟を待たないと怖いからな。
で、この『スイバ』だ。
「もし、水の上を自在に走れたら」ってのは、俺の抱いた理想だが、実現させたいとは思っていない。
いや、いつか実現したらいいと思いはするが、実現段階にあると思ってない。
ましてや、命の危険のある討伐戦に間に合わせようなどとは。
「・・・。吠え面をかかせてやるのよ。楽しみにしていると良いわ。」
マリッサさんの不吉な発言を耳にしつつ、海岸へと到着するのであった。




