スザク、庇護下に入った日を回想する
[リフレ]が何か話しかけてきている。
意味はわからないが、ここで間違えたらまた孤独に逃げ回る生活だ。
無理は承知。成り切って見せよう。
自分に言い聞かせる。
私は、小さい人間だ。
話しかけてきたら、元気に返事だな!
私の鳴き声が響く。ちょっと元気過ぎたようだ。
あ、まずい。この反応はよろしくない時のやつだ。
多分、「うるさい」が引っかかったのだろう。
何か返事をしなければと思うが、返事は逆効果だな。
あ、また何か言っている。「臭い」?!
これも駄目なやつだ。どうしよう?
とりあえず、返事だ。声を小さく・・・
何か丸い箱を出してきた。餌箱よりも深く、小さい。
スポ、とそこに入れられる。
塒、かな?
中に人間の羽毛が敷いてある。
人間はよく色の違う羽毛に生え変わっているし、羽毛の抜けやすい種族なのかもしれない。
なんだかフワフワする。柔らかい毛でできているようだ。
藁の方が好みだが、悪くない。丁度いい大きさで、落ち着く。
[リフレ]はその箱ごと私を持ち上げた。これは・・もしや・・・。
私を連れて行く?小さい人間みたいに?
そういえば、小さい人間もよく捕まえられていたな。
大きい人間を怒らせる事をしてしまい、捕獲されたのを見て哀れんだものだが、次の日は元気に現れたものだ。
怒らせなくてもよく捕まっていたし、捕まったが最後・・という事は無かった。
おお?人間の巣に入るのか?これは成功かもしれない。
とりあえず、何か話しかけられたら、短く返事をしておこう。・・小さい声で。
その日、初めて人間の巣の中で眠りに就いた。
朝。
差し込んできた光を感じるなり、本能のままに朝鳴きをして、はたと見えている光景に違和感を抱く。
[リフレ]と目が合う。しまった!「うるさい」されてしまう。
身構えたが、[リフレ]は怒る事無く、人間の塒から起き上がった。
人間の生態は面白い。
人間の塒はとても大きく、人間はその大きい塒に平たく伸びるようにして眠るのだ。
しかも体に羽毛を被せて塒と一体化し、唯一、塒の外に出ている頭は天を見上げる。
夜は暗くて見えなかったが、目を覚ました[リフレ]と目が合った時は、何が起きたのかと本当に驚いた。
[リフレ]は私を塒ごと持ち上げ、何か言っている。
建物の外に出たら、下ろされた。
あれ?また何か間違えてしまったのか?置いて行かないでくれ!
[リフレ]はそのまま境界線の外に出る。境界線の外に出た[リフレ]は、羽毛の様子が変わった。
他の人間も、境界線の外に出ると変わるんだが、[リフレ]は特別ものすごく変わるな!
こうして間近で見るのは初めてだ。生え変わっている様子ではないな。
何か大きな枝・・いや、板?を持っている。
さて、弾かれそうになる境界線・・・これを越えて良いものか。
[リフレ]は、来ないのか?とでも言うようにこちらを振り返って見ている。
そっちには変な生き物が・・と迷う私の気持ちを知ってか知らずか、じりじりと離れていく。
ええい、ままよ!
思い切って外に踏み出すと、[リフレ]が歩き出す。・・・って、速い!
ちょっと待ってくれ。外は危険だし、あの謎の生物に見つかったら、食われてしまうんだ。
私の悲鳴が聞こえたのか[リフレ]が振り返った。
私が声を上げる度に待ってくれるので助かった。
置いて行くつもりではないらしい。ひとまずは安心といったところか。
相手とは意思疎通ができない。
私が本当に庇護下に入れたのかどうか、確認する術は無い。
どんなつもりで私を連れているのか分からないのだ。
しばらく付いて行くと、水の流れる場所に着いた。
ものすごい水の量だ。
柵の中にも水浴び場があったが、量が少なく、一日ですぐに汚れてしまったものだ。
水浴びは嫌いじゃないが、こんな大量の水が流れていたら、私などあっという間に流されてしまうだろう。
私が川を眺めている間に、[リフレ]は何か準備をしていた。
並べられた道具は、人間が肉を準備をする時に、よく似ている。
そういえば、[リフレ]が持っている巨大な枝だと思ったものは、大きさこそ異常だが、締める道具と似ている。
火が上がっているし、やはり私は肉なのだろうか?
身構えていると、あっけなく捕まってしまった。
さりげない動きで素早いのだから、逃げようというタイミングも掴めなかった。
やっぱりこの[リフレ]って妙に強い。
助けて!私は肉じゃないんだーー!
・・・・・。あれ?
この水、妙に穏やかな温度だ。
[リフレ]の動きからも、痛めつけるような仕草は感じない。
水浴び?水浴びをしろという事なのか?
恐る恐る振り返って見てみたが、[リフレ]はやはり肉を見る目で私を見てはいない。
おっと、安心したら糞が出る所だった。危ない。
えーっと、そんなに上から抑えられていると、上手く水浴びができないんだけど・・。
と思ってたら、水浴びをさせられた。
硬くなった羽毛が解き解され、全身を揉まれる。
水が汚れれば取り替えられ、また揉まれる。
なんだこれ?庇護下に入るってこういうことなのか?
[リフレ]が前夜から「臭い」「臭い」としきりに言っていたが、「臭い」というのは、汚れに溜まった臭いがきついという事のようだ。
自分でも驚くほどの異臭。[リフレ]が悶絶しながら「臭い」と繰り返す。
すまない。最近、めっきり水浴びをしていなかったからな。
なるほど、臭いがきついのは駄目、か。
そして、「汚い」は、その汚れの事を指すようだ。
こんなキレイな水で頻繁に水浴びできるなら、臭くも汚くもならずにいられるというものだが。
なんとなく人間の言葉がわかるかもしれない。
あとは忘れないようにすることだ。
それがなかなか難しい。
しばらく水浴びをさせられた後、私は今度はフワフワの羽毛で揉まれていた。
人間が羽毛を変な使い方するのは慣れた方が良いのだろう。
羽毛で揉まれると、私の羽の渇きが良かった。
パタパタと水気を飛ばしたが、あっという間に乾いてしまった。
汚れが付いて痒かったのだろう。痒みのあった翼の付け根や、背中がスースーする。
胸の毛が逆立って、まるで若い頃みたいだ。
吸い込む空気さえおいしい、そんな爽やかな気分だ。
・・・・・。
あ、待ってくれ。置いて行かないでくれ。
失態をしないように、隠れて糞をしっかり排出しておく。
そういえば「スザク」という単語が耳に付くようになった。
最初はこっちに来いという意味かと思ったが、近くに居る時にも使われる。
なんだろう?よくわからない。
境界線。身構えていたのだが、通過できた。
やはり弾かれる感じはするので、ちょっと怖い。
さて、[リフレ]の塒のある人間の巣に到着した。
[リフレ]の行動を学ぶ。
下手に離れると、他の人間に肉にされてしまうので、絶対に一定以上を離れることはしない。
呼び止めれば気付いてくれるので安心だ。
人間は糞をする場所が決まっているようだ。
なるほど、その辺でするのは駄目なのか。
人間も水浴びをするようだ。
羽毛が全部抜け落ちたのには驚愕した。
ここで、ようやく私は自分の思い違いに気が付いた。
人間の羽毛は、すぐに生え変わる訳ではなく、全身つるつるで、羽毛を付け替えているだけだったのだ。
体の一部にしか羽毛が残っていない。
にも拘らず、一生懸命羽づくろいをしている様子は、見ていて痛々しいものがある。
我々も喧嘩のし過ぎで羽毛が抜けてしまうことはよくあるが、ここまで酷いものは見た事がない。
人間は人間で、過酷な生き方をしているのかもしれない。
そういえば、人間の頭には鶏冠が付いていないな。
きっと鶏冠も抜けてしまったのだろう。
とても気の毒である。
それにしても、だ。
私だって水浴びぐらい自分でできるのだ、と声を大にして言いたい。
しかし、我々には言葉が無いし、人間の言葉を覚えるのは大変そうだ。
桶に入って水浴びの様子を再現して見せたのだが、伝わっていないようだ。
それどころか、あの穏やかな温度の水を思い出したら、眠くなってしまった。
・・・・・気が付いたら水浴びが終わっていた。
[リフレ]が羽毛を身に纏うのを、切ない気分で見守った。
気になったので、後で[リフレ]の頭の羽毛をチェックをした。
簡単には抜けそうにないので安心だ。
人間の餌の時間。
ここでも人間の生態に思い悩む事になった。
「椅子」というものに乗るのは大丈夫だが、「テーブル」の上は駄目らしい。
「テーブル」の上を歩いたら、回収されてしまった。
2度目、3度目と繰り返すと、扱いが雑になり、これは駄目なやつだと気付く。
この[リフレ]は、なかなか怒らないので、駄目な事の判別が難しい。その分、行動を見て判断しなければならない。
なるほど、「椅子」の上から、「テーブル」の餌を食べるのか。
人間はともかく、我々には難しいと思うのだが。
・・・・・。
人間の生態は、本当に面白く、非常に難しい。




