30分クッキング
宿に戻った俺達は、普通に飯食って休む事にした。
その前に身綺麗にしないと、体中が塩だらけだ。風呂スペースを借りる。
・・・この樽、もっと大きいの売ってたら、風呂桶代わりにできないかな?
そう思いつつ、樽をシャワー装置にセットし、栓を抜く。
ガチャっと足でレバーを押すと、ストッパーが外れて樽の重みで仕掛けが動き、ハンドルと連結する部分に引っ掛かる。
イタズラできないように、大部分が隠されているが、多分そんな感じの仕組みだ。
あとはハンドルを回せば樽が高い位置に上がり、ここから流れた水がシャワーになって出てくるのだ。
湯樽というのを購入すると、どっかに加温する器具が付いてて、温かいお湯になるというのだから、有り難い。
せっかくだからと利用しているが、思ったほど熱いお湯にはならないんだよな。
使い方が間違ってたりしないよな?
できるだけ節約したつもりだったが、樽一杯はあっという間に使い切ってしまった。
一応スッキリしたし、また明日の朝にシャワーを浴びればいい。
スザクを頭に乗っけて気付く。お前、なんかペットリしてないか?海に行ったせいかな?
「明日、風呂に入るか?」
「コ?」
・・・通じるわけないか。
スザクも念話が使えたらいいのになぁ。
まぁ、ましゅまるは話す気が無いみたいだし、できたところで使いこなせるかは謎だよなー。
で、夕飯だ。
奥の席で壁に背を向ける。食ってる間に近付かれたくない奴らがいるしな。
用心した時に限って現れない不思議。
地味にスザクの飯をストックしていく。劣化しないアイテムボックスって素晴らしい。
ただ、この宿、飯がなぁ・・。
クロウシのステーキ。これ、めっちゃ硬いし、味付けが塩コショウだけなんだよな。
その塩コショウがあまり利いてない。味も素っ気も無いとはこの事か。
ステーキ?そんな豪勢さなんて微塵もないね。こんなの「焼いたやつ」で充分だ。
焼き加減だけはちゃんとミディアムレアのステーキを、心を無にして食らう。
「焼き加減はどうだ?」
「いいですね。」
焼き加減だけはな!と思いつつ、やって来た店主と言葉を交す。
どうも、俺が仏頂面をして食ってるのが気になったらしい。
他の客からツッコミはないのか?と聞くと、「まずい」「おいしくない」といった話は聞けても、具体的にどうすればいいのか分からないのだそうだ。
アドバイスが欲しい、って、お前らそれでもプロなのか???
やだよ、またリフレ風とかいう名前が付くんだろ?
「大丈夫だ。アンタが名前を付けるのを嫌っているという話を職人達にしたら、納得してくれた。
これから料理にアンタの名前は付かないよ。」
・・・・・。
とりあえず、現在の作り方を見せてもらった。まず、取り出された肉を見て「?」となる。
「どこの肉ですか?」と聞くと「クロウシのこの辺だ!」と背中を叩かれた。
なるほど。俺の知ってる部位というものが、こっちの世界ではもっと大雑把みたいだな。
それでも、サーロインとかリブロース?あたりだと思われ、ステーキとしては最適だといえる。
部位はいつもその辺を使っているとの事なので、問題無さそうだ。
2センチいかないくらいに切り分けられた。
フライパンを温め、牛脂を投入。OK。
胡椒を振った肉を投入。ってえ?筋切りしないの?!
筋切りとは何ぞや?とほざくので、筋切りの重要さを説明した。
具体的には、肉が噛み切りやすくなり、その分肉の旨みを味わえることだな。
で、フタをして熱を満遍なく加える。OKだと思う。
フタを開いて、慣れた手つきで塩を振り、ひっくり返す。
焦げ目が付いたら完成!!
感心したのは、あの薪のコンロでこれをやって、ちゃんとミディアムレアに仕上げたこと。
逆に言うと、それだけだった。
次、俺の番だな。
醤油が無いんじゃ、俺が冷蔵庫に作り置いているステーキソースと同じ物は作りようが無い。
宿で使っているソースの中からステーキの味として良さそうなものをいくつかチョイス。
赤ワイン、ソース、にんにくと酢で、特製ステーキソースを作っておいた。
俺の場合、これでもか!とスライスしたニンニクを入れる。
基本的には、カットしたニンニクを漬け込むんだが、今回は時間が無いのでみじん切りだ。
摩り下ろしにしようと思ったのだが、そんな機材が無いと言うんだから仕方が無い。
このあたりも説明しておく。そこへ、プロの容赦ないツッコミが入った。
スライスしたニンニクを漬け込む理由?そういうレシピだったしなぁ・・。考えたこと無かったわ。
俺、プロじゃないからわからないです。
まず一枚は玉葱を細かく刻んで潰し、筋切りした肉を漬け込んでおいた。
お約束の目が痛くて涙が・・ってのはやったよ。誰得なんだ、この報告。
摩り下ろした玉葱に漬け込むと柔らなくなるという話で、何度か元の世界でやったことがあったが、なんとなく柔らかくなった気がしたんだよ。
実際に比べた事は無かったからな。いい機会だと思って比べてみようと思う。
で、筋切りした肉を、焼くのが上手いオッサンに焼かせる。
うん、このオッサン、なかなかやるわ。
塩をかけるタイミングで、塩の代わりにソースをかける。
なかなかいい匂いだ。
肉に火が通ったので取り出し、カットして皿に盛り付ける。
フライパンで煮詰めたソースを掛けて、完成だ。
これを、潰した玉葱に漬け込んだ方でもやる。
何時間か漬け込んだ方がいいんだが、時間が(略)。
何時間もやったら肉が痛まないのかと聞かれたので、肉は冷やしながら漬け込むのだと説明する。
冷蔵庫みたいな魔道具があるらしく、納得してもらえた。
玉葱を綺麗に拭き取ったら、ここでも何故拭き取るのかとツッコミを貰う。焦げるからだよ。
あとはオッサンに焼いてもらい、以下略。
ステーキソースを煮詰めるタイミングで、漬け込んでいた玉葱の残骸を投入する。
で、完成したステーキは・・・まぁまぁかな。
玉葱は、潰し方が甘かったのか、それとも漬け込み時間が短かったせいか、変化はそんなに分からなかった。
ただ、ソースが甘くなって、これはこれで好評だった。
俺の分がなくなる勢いで食い尽くされていく。折角の食い比べができないところだった。危ない。
まぁ、評判は良かった。
特に、カットしてあるという事が素晴らしいらしい。
切り分けるのが大変だし、というだけで深い意味は無かったんだが、筋切りと合わせてソースがよく絡むようだ。
もっと小さく切り分けたかったら自分で切ればいいし、ギコギコと切るのが面倒くさい人には打って付けなんだとか。
カットの分、食べやすくなったが、柔らかくなったかというと微妙かもしれない。
肉叩きや、フォークなどで肉に穴を空けるやり方もある事を説明したが、俺は肉の形状が崩れすぎて好きじゃない。
漬け込むものによっても柔らかくなり、やったことは無いがビールでも柔らかくなるという話は聞く。
ともかく、ここからは料理人達で色々試行錯誤してほしい。
俺は、また夕飯を食いに席に戻り、自分が作ったステーキを食う事になるのだった。
数日後。
クロウシのステーキとモチトンのカツレツの横に、マークが付いているのを目にする事になる。
宿の壁に、そのマークの拡大されたものと、説明書きが張り出されていた。
[旅人、リフレが我が宿に伝えたレシピ。
彼は、本当の味を教えてくれた。]
そのマークは、円の中に男性のイラストが描かれているデザインで、その頭には何故かコッコ鳥が・・。
「って俺じゃねーかっ!!余計恥ずかしいわ!!!!!」
と悶絶する事になるのだった。




