2日目:コランダ探索
えーっとここは・・・
俺は宿の粗末な椅子が並べられただけの簡易ベッドで目が覚ました。
身を起こして見回してみると、数名のオッサン達が何やら談笑していた。
パイプ椅子のような寝心地に、会社を連想していたので、見える光景が予想と違い、一瞬混乱した。
が、徐々に頭の回転が追い付いて来て、冷静になる。
・・・・なんだ、異世界か。
通常であれば、「冷静になったんだよな?!」と確認を取りたくなる案件である。
それと分からぬように伸びをして、状況の把握を務める。
先ほど、パイプ椅子を連想したが、パイプ椅子で横になっていた時ほどの体のバキバキした不快感は無い。
ゲームの登場人物と化した事による、身体能力上昇のせいもあるのだろうが、それだけではないようだ。
どっしりとした木製の椅子は、高級感こそないものの、座布団のようなものが敷いてあり、会社のパイプ椅子とは二回り半は違う安定性がある。
クッションなどペッタンコで、座る者が滑り落ちそうなほど座面の傾いた、骨董品のようなパイプ椅子と比べるなど言語道断の座り心地である。
「おう、兄ちゃん。目を覚ましたみたいだな。」
近くで飲んでいた男が声をかけてくる。
あれ?昨日も見たぞ、このおっさん。
まぁ昼間っから飲んだくれてるおっさんは置いておいて、と。
えっと、俺はどうしてこんな所で寝てるんだっけ??
ああ、そうだ。マリッサに解体を頼んで、そのまま放置してるわ・・・。
あとギルドに行きたかったんだ。
で、ギルドに行く途中で・・・
「兄ちゃんもこれ食うか?」
おっさんが何かを差し出してくる。
ざら~っと皿の上で転がる「それ」は、さっき見た茶色の物体だ。
「やめろおおお!!!」
その塩を振った「つまみ」を近付けるな!
俺は食虫文化は否定しないが、断固として拒否する!
なごやかに笑ってんじゃねぇ!
戦争か?俺と戦争がしたいのか?
俺は威嚇を込めてファイティングポーズを取る。
ボクサーでも何でもないし、まともな喧嘩すらした事ないが、現在はこのガタイだ。
多少の威圧にはなるだろう。
割と本気でオッサンを睨みつけていると、その皿を引っ込めてテーブルに置きなおした。
もう虫なんて見たくないっつってんのにこのボケが!!!
・・・・・。
ふぅぅ。
頭が冷えた。反省しよう。
「見た目は悪いが、味は悪かないのになぁ。」
ポリポリもぐもぐ。
「近寄るなぁぁああ!!!」
だからその口から出ている脚を仕舞えと言いたい。
わざとだろう?ニヤニヤすんな。
窓から外を窺い見てみるが、暗くなっている様子は無い。
さすがに丸一日経っていたら、部屋か病院に運ばれているだろう。
この世界での病院って・・・あぁ、教会か。
「ええっと、俺はいつ頃ここに運ばれました?」
とりあえず、どれくらいの時間が経ったか知りたい。
「倒れて直ぐに運び込んだぞ。で、わりと直ぐに目が覚めたな。」
ああ、良かった。
半日とか一日とか無駄にしていたら泣くところだ。
いや、比喩だ。泣きはしない。
「兄ちゃんは虫が駄目なのか?
あと、酔っ払い相手にそんな丁寧な言葉はいらんぞ。」
蒸し返すな。それと俺はとりあえず敬語を使う癖があるんだ。
おっさんの対応があまりに酷いから、初対面の時から使いそびれていただけで。
「虫はもう見たくない・・・。家に帰りたい。」
げんなりと床に視線を送る。
そう、家に帰りたい。考えないようにしていたけど、箍が緩んでしまったようだ。
ほろりと涙がこぼれた。
「・・・兄ちゃん・・・・・。これをやろう。飲め。」
「だから虫を近づけるなってぇ!」
ちょ!コラ、酔っ払い共!笑ってないで助けろやぁあああ!!
飲み会参加を速やかに辞退した俺は、トイレだけ借りて宿を出た。
遠目でフォレビーの山と格闘しているマリッサ&おかみさんを確認し、その足でギルドに向かった。
ゲームの知識なので、どこまで通じるのかはわからないが、この世界のギルドというのは郵便局みたいな感じで各地にある。
僻地だと、簡易郵便局があるように、こういった規模の町になると小さなギルドがあり、町の自警団と一体化していたりする。
小さな村や集落には無かったりするのだが、ゲームにおけるスタート地点の町には必ずあるのだ。
まぁ、各地にあるはずのワープポイントが無かったので、どの程度アテになるのかは不明だが。
個人からクエストを受けることも出来るが、ギルドにはあらゆるクエストが集まっている。
プレイヤーもクエストを申請することができ、欲しい素材アイテムを集めるのが面倒だからとクエストで手に入れる人もいた。
だから、ギルドで解体の依頼を発注できるのでは?と思ったのだ。
正直、解体ありきの仕事で食っていく自信が無い。
で、その料金の相談なんかをしたいと思ったのだが。
[ご案内
ギルド職員ならびに自警団員は、周辺の警護の為、出払っています。
御用の方は、宿:小麦亭までどうぞ。]
・・・・・。
「無駄手間だよ!」
あの酔っ払い共め・・・仕事しろおおお!!!
宿はこの町に1つしかない。
つまり、さっきまでいた宿の酔っ払いこそが、俺が用事のある相手・・“ギルド職員ならびに自警団員”だったという事だ。
どれくらいの規模なのか分からないが、町の平和を守る自警団が全員、飲んだくれているわけではないと思いたい。
で、奴らは今、虫を肴に酒を飲んでいる。
おそらく仕事の話なんぞできる状態じゃないだろうし、したくもない筈だ。
行けば、先ほどのように虫をネタに揶揄われるだけだろう。
正直、関わりたくない。
少し考えた後、俺は時間を潰しに、コランダを探索する事にした。
コランダは東と西に門があり、その中央に広場がある。
真横に突き抜ける形に道が走っており、広場を中心に北と南に短く道がある。
道は人がしょっちゅう通るので草が生えなくなったような、抉れた土の道で、そこそこ広い。
それが、広場を中心に歪な十字を描いていると言うと分かりやすいだろうか
まぁ、分かりやすいように十字と言ったけど、辛うじてだからな?本当に歪だから!
他に細い道はいくつも走っているが、これがコランダの主要道路(?)だ。
東側の道の北側、門に近い方に鍛冶屋、広場に近い方に宿がある。
宿と鍛冶屋の裏手には畑が広がっており、そこでマリッサ達が作業をしているはずだ。
広場には井戸があり、誰でも使用できる。排水は南の方に流れている川に行く仕組みのようだ。
川の流れは穏やかで水車もあるが、ここの風物詩は風車、そして南の広大な農地だ。
農地と言えば臭いイメージがあったか、全く臭くない。
まぁコンポストとか堆肥の匂い対策の成果なのかもしれないが。
南側には門は無いが、広場をそのまま延長し損ねたような道があり、その道沿いにギルドがある。
正直、「ここにギルドがある」と知らなければ通り過ぎるような外観をしていた。
ここらに長老の家や、集会をする施設なんかもあり、近くに川がある。
そして、川が近いにも関わらず、ここにも井戸がある。便利だけど、井戸ってそんなにポンポンあるものだっけ?
町の重要な施設が集められているのかな?
北には魔道具のお店兼雑貨屋がある。
ゲームでは単純な魔道具のお店だったんだが、この世界では雑貨屋色の方が濃厚である。
そのまま北に抜けると、ゲームの知識では蚤の市の広場があるはずだったんだが、それがない。
藪に覆われ、それでも進むと森になっている。
で、俺が今から行こうとしている場所は、コランダの西だ。
-解説- 超説明会です!読み飛ばしOK!
自警団って?:青年団とか、寄合とか、地域によって様々な呼ばれ方をしている地域の若手(?)の集まり。地域のお祭りとかを手動しているような人達。
この世界では警察の役割の兵士は主要都市に集中しているので、その他の町では自警団がその役割を担っている。
ちなみに、若手というのは「年寄ではない」という意味で、自身や周囲が現役だと思っているうちは抜けられなかったりもする。人手が足りているかどうかにもよるが。
コンポストとか堆肥の匂い対策の成果って?:誰だって臭いのは嫌である。ある程度は仕方ないのだが。実は魔法を使って大地を活性化することで、分解を速めて匂いを抑えているようだ。・・・この場合は微生物でも活性化しているのかな??