ゆっくり休みたい
幸運な事に、その後、臭イモ組みに絡まれることは無かった。
ニヤニヤと不快な視線を送って来るのは気になったし、スザクは1羽でトイレに行けなくて不便だ。
一応、その辺で拾った木の板(現在は馬車の残骸)なんかをトイレとして持ち歩いているが、使った事はない。
こいつらも泊まっているとすれば、迂闊にスザクを歩かせられんな。
俺の目の届くところに常に置いておくしかない。
それでも、視線だけなら害は無い。・・無いよな?
で、モチトンのカツレツのリフレ風とは何ぞや?と店員に聞いたところ、「以前のカツレツとは製法が違う、味も食感も向上した、新感覚のカツレツ」なんだそうだ。
いや、そういう事じゃなくてだね。お姉さん、さっきいなかったんだっけ?店主を探して話す。
うん。今までのカツレツとは違うという事がわかるように、名称に工夫が必要なのはわかった。
この“~リフレ風~”ってのを何か別のものにしてもらえないだろうか。と言ったら、何故か驚いた顔をされた。
「このカツレツ改良の経緯は、職人達が知っている。
アンタの名前を入れなかったら、俺達は職人達にボコボコにされてしまうんだ。」
と言われ、結局名前を貸すことになった。
職人達ってドワーフのオッサンとか、あの時に来ていた客の事だろうか。
ここまで違うものを他人に作らせておいて、あたかも自分達で開発したような顔をしているのは決して許されない行為らしい。
その人の名前を入れないというのは、そういうつもりが無くても、そう見なされてしまうんだそうだ。
法律としてではなく、暗黙のルールだが、これをやると職人が寄ってくれなくなるのだそうだ。
著作権・・・は違うか。だが、それに近い概念を持ってるみたいだな。職人魂?
職人ってのは技術を盗むのが仕事、みたいなイメージがあったんだが・・。
ドワーフのオッサンと酒を酌み交わす。
オッサン、トンカツが気に入ったらしい。「リフレ風」と注文する。ちょ、やめれ。
そこでも同じような話になった。
リフレ風っていらないんだけど、という話をしたら、顔を顰められた。
そして何故か“銘”の話をされた。
話しているのは酔っ払いなので、途中から銘と名がごちゃごちゃになった。
「・・・・“銘”が付いてるからこそ、安心して買って、安心して使える。
ここにお前の名が入ってるだろう?これで、前のものとは違う証明になる。」
オッサン、酔って饒舌になってるけど、言ってること無茶苦茶になってきてんぞ。あと、さっきも同じ話をしていたが、大丈夫か?
「だけど、これがまた元に戻ってたらどうするんだよ。
名前が違うだけで、前のものと違うとは限らないだろう?」
口調が戻ってるのは、酔ってきたオッサンが敬語にフリーズしたり、理解できなかったりしたせいだ。
ドワーフって普通に酔うんだな。
外見じゃ判断できないが、シラフだと敬語が通じる代わりに無口になるのか。
ってか、ドワーフにとって、酒を飲んでる時と飲んでない時、どっちがシラフなんだろうな?っつったらマリッサに怒られるか?
なんか、幼児期から酒を飲ます習慣がある・・のみならず、乳児の時から“ミルクを与えるのはしこたま飲んだ後で”という恐ろしい風習があるらしい。
人間とは体の構造が違うのか?
「ぐわはは。」
オッサンが豪快に笑ったので、思わずギョッとして身を引く。
腹が膨れて頭上に戻ったスザクもビクッとしてた。
「安心しろ。そんな事になったら職人達が黙ってはおらんよ。
銘を汚す者が、この町でデカい顔をして生きていく事なんざできんわ!がはは。」
近くを通りがかった店員までビクッとしてた。声大きいよ、オッサン。飲みが進んで上機嫌なようだ。
それにしても、そろそろ休みたいんだが。
早めに寝るつもりが、結構いい時間になってしまった。
いいタイミングでマリッサが降りてきたのでバトンタッチする。
これから飯なら、丁度いいだろう?
オッサンをマリッサに押し付けたので、その分の酒代を支払っておく。
席に座らされてキョトンとしていたマリッサも合点がいったようで、早速酒を注文してオッサンの話し相手をし始めた。
で、メニューを見て「ん?」という顔をしたので、話し掛けられないうちに、さっさと逃げておく事にする。
さて、明日は特に予定は決まっていない。今度こそ雑貨屋と服屋を巡ろう。
歯ブラシを取り出して歯を磨く。流しはないが、桶などを補充したので、余裕を持って使える。
排水専用の桶を決めたら、水もあるし、何も困る事が無い。
最初に比べて衛生面はだいぶ向上したと思う。
装備を取り出して、干す。メンテナンスはしたが、念の為だな。
明日、着けたら湿っぽいとか、ちょっと嫌だし。
スザクの為に桶とタオルをセットしてやる。
が、俺が横になると、スザクが布団(?)の上に乗ってきた。
・・何だよ。寝返りを打ったら危ないだろう。さすがに、毎日は膝に乗せてはやらんぞ。
スザクを桶に置く→スザクが戻ってくる→桶に置く→戻ってくる、を何度かループした後、仕方ないのでスザクの桶を頭の上の小物が置いてあるスペースに移動した。
そこに置かれて、しばらく首を伸ばして俺の顔を上から覗き込んでいたが、やがて首を引っ込めて目を閉じた。納得したらしい。よし。
このまま寝るつもりでいたが、そういえばペットの世話をしていないな、と思い立って起き上がる。
今日は、宿にもふもふを召喚してみようと思う。
大きい召喚獣を宿に入れるのは初めてだが、好感度を見るのは忘れたけど、コイツならある程度懐いているし、火を吐いて宿を火事にする心配もない。
召喚:もふもふ
「ワフ!」
「しーっ!」
嬉しそうなもふもふをブラシを見せながら座らせてみたが、なかなか興奮が収まらない。
視線の先を見てみると、スザクが桶から滑り落ちて足を上げて固まっていた。
あれは餌じゃないから!ほら、ここにモチトンの肉があるから!
ブラッシングを始めると、ようやく落ち着いてきたが、それでも視線がチラチラとスザクに向く。
こら、涎を垂らさない。モチトンの肉をもう1切れやるから!
送還:もふもふ
結局、ゆっくり戯れる暇は無かった。しかも、また好感度見るの忘れたし。
もふもふはスザクが気になって仕方なかったみたいだし、スザクはひっくり返ったまま息を潜めていて可愛そうだ。
もふもふが送還されたのを見届けると、スザクを丁寧にブラッシングする。
すまん、怖かったな。今後、気を着けるよ。
そして就寝。
案の定、深夜に頭の上からスザクが桶ごと降ってきて、いい音を響かせたのであった。




