2日目:解体
女将さんに餌やりの許可をもらい、鶏小屋で餌を与える俺。
まだ放し飼いの時間で、いつも餌をやるのは夕方だというのだから申し訳ない事をしたと思う。
しかし、小屋に行って入れ物に餌を入れ始めると、行儀良く小屋に入っていくコイツらは、実はかなり頭がいいんじゃなかろうか。
しかし、蜜袋が入ってなさそうな部分は頭とか足とかになるし、倒し方は滅茶苦茶だったので、適当に入れ物に入れたが、激しい奪い合いが起きている。
細かくカットするのは気分的に無理だったんだが、俺が無精をしたせいで、大きすぎて啄むことができないのだ。
特に足なんかはその丈夫さもあってなかなか啄める大きさにならず、籠の外のエサ入れで、または中で、綱引きのように引っ張り合いや叩き落とし合いをしている。
その・・・すまん。
餌が行き渡らず、恨めしそうに小屋から首だけ出して俺を見つめている鶏は小屋に入り損なわけだが、これからフォレビー解体してもらって来るから!
で、さっきまで鶏を放し飼いにしていた、解体を出来るスペースに戻ってくる。
なんと、宿の女将さんも手伝ってくれるとの事だ。
重ね重ね申し訳ない。
報酬はフォレビーの死骸の蜜袋以外の部分。
鶏の餌にするらしい。
ちなみに鶏はコッコ鳥というらしい。
面倒だから鶏でいいよね。
解体の仕方はこうだ。
ナイフを胴体(場所はどこでもいい)に差し入れる。開く。中身の蜜袋を取り出す。
以上。
しかし、やってみようとするも、無理だった。
まず、虫が無理だった。ただでさえ苦手な虫が巨大になっているのだ。その脚が無理。頭が無理。羽も無理。謎のモコモコも無理。
開こうと抑えた時の腹の感触が無理だった。ちょっと毛が生えているが、甲虫を連想させる黒光りしたその肉体美(?)は戦慄さえ感じる。
腹の中身も無理だった。色々詰まってた。他の動物とは構造が違うんだろうけど、普通に内臓とかあった。
血液が無い・・訳ではないのだろうが、謎の液体で湿っている程度。血管とか赤い液体とかが無いのは、まぁ有難がって良かったのかもしれない。
動物的なグロさは少ないが、でもホースのような謎の器官とか、あからさま過ぎる内臓力(?)がある。
蜜袋を見付けて取り出すのも無理だった。ってか蜜袋自体が“蜜袋という名の内臓”の一種だった。
各種内臓を傷つけると出てくる謎の液体も無理だった。
切り取る時に蜜袋の上と下を長めにカットして縛り、蜜が漏れないようにする作業も無理だった。
生々しい柔らかな感触が無理だったし、長めにカットする時に蜜袋を引っ張るのだが、一緒に引っ張られ付いてくる他の内臓とかグロくてホント無理だった。
無理無理無理。無理中の無理。無理の塊。マジで無理。ホント無理。勘弁してください。
工程が進む度にゾクゾクしていた寒気が収まらなくなり、おそらく全身が鳥肌まみれになってたと思う。
昼飯がSPポットで良かった。何か固形物を食ってたら吐いてた。
それでも手伝ってもらいながら1体を解体し終えることができた。
「よし、じゃぁ次は1人で」と2体目を渡された時に、俺は両掌を前面に押し出して拒否の姿勢を取った。
「無理。無理です。正直、もう二度と触りたくもない!これやるぐらいなら焼却処分します。」
最初は冗談だと思っていたようだが、嘔吐きながら、じんわり涙を浮かべる俺を見て、察したようだ。
女将さんに休むように言われ、俺は敷かれたシートに横になる。
体は疲れていないんだが、もう精神的に一杯一杯だ。
「マリッサちゃん、あの人、冒険者よね?大丈夫なのかしら。」
「あはは、腕は確かなのだけれど。良いところの育ちなんじゃないかと思うのよ。」
何か言ってる。
とりあえず良いところの育ちでは無いんだが、そう見えても仕方ないんだろう。
考え方によっては(文化的に)良いところの育ちと言えなくもないし、否定することでもないだろう。
というか話に加わる気力もないし。
「顔も真っ青だし、憔悴し切って・・死んだような目をしているわ。死んでないわよね?」
アリンコを見ていただけです。
この世界にも普通の蟻っているんだなぁ。
「まっさかぁ。え、ちょっと本当に?大丈夫なの?」
心配されるぐらいの表情をしてたようだ。
取り繕って笑みを浮かべたが、顔が引きつっただけなのがわかる。
片手を上げたて無事をアピールしたが、逆効果だった。
「駄目だわ、全然力が入ってないみたいよ。」
「相当弱っているわね・・・仕方ない、フォレビーを全部出すのよ。
気分転換に、その辺を歩いてくるといいのだわ。・・・無理しないで宿に戻ってもいいのよ。」
その言葉に甘える事にした。
全てのフォレビーを放出すると、死骸でシートにてんこ盛りになる。
こうして見るとすさまじい量だな・・・ううっ、寒気がするほど気持ち悪い。
さすがに、これだけひしめく虫を見たら、2人も気分が悪くなったみたいだ。
盛大に顔を引き攣らせている。・・・・・すまない。本当にすまない。
「もし厳しかったら、捨ててもらっても構いません。
俺では処分できないので、あとはお願いします。」
そう言い残して、その場を後にした。
素材が解体できないと、冒険者ができない・・・。
それはこの世界を生きていく上で、致命的なんじゃなかろうか?
そう思った俺は、この町にも小さな受付があるはずの、ギルドを訪ねる事にした。
解体の仕事というのが誰かに依頼できるならば、多少ぼったくられてもお願いしたいと思ったからだ。
ゲーム中のギルドでは、ドロップ式であるが為に、そんな依頼は存在しなかった。
が、このリアルの世界ならば、無い事も・・無いかもしれないが、依頼として出せば受け付けてくれるだろう。・・多分。
ともかく、話を聞いて解体してもらえるという確証を得ない事には、これからの生活に問題があると判断したのだ。
途中、中心にある広場で、大人に混じって子供たちが何かを煎っているのが目に付いた。
なんだろう。香ばしい香りがする。屋台だろうか?
興味が湧いて近寄ると、釜ので煎られていたものを子供達に配り出した。
歓声を上げて受け取るや、それぞれが座りやすそうな場所で、立ったままでと自由に頬張っている。
いいタイミングで通りかかったものだ。値札は掛かっていないが、客層を見るに大した価格ではない筈。
鍋は深く、中身はよく見えなかったが、小麦色より若干濃いめの薄茶色の、一口大で棒状の物のようだ。周辺の反応などから、サクサクしたものらしい。
「お、旅の人かい?あんたもどうだ?」
そう言って渡された乾燥した葉の包みは紙のような手触り。容器代わりのようだ。
いくらなのか聞いてみたが、なんと無料配布らしい。これはラッキー。
せっかくの厚意なので、早速いただくとしよう。
紙のような葉っぱをめくると・・・
香ばしく焼き上がった“いなご”の群れと目が合った。
「きゅう~」
和やかな光景に、気が緩んでいたというのもあるのだろう。
これが、フォレビーの件でだいぶ擦り減らしていた精神へのトドメとなった。
俺は目を回して、その場に倒れ込んだのだった。
-解説- 超説明会です!読み飛ばしOK!
これだけひしめく虫を見たら、2人も気分が悪くなった:あくまで主人公の主観。実際にはその膨大な量に驚いていた。
主人公にとって価値が無いどころか、触るのも嫌なアイテム(ゴミ)を、マリッサに付き合わされて拾ってきて解体まで手伝うお人好しさ。
マリッサや女将さんにとっては、それなりの価値があるものを、ポイっと置いて行ってしまう警戒心の無さ。
盛大に顔を引き攣らせていたのは、「コイツ馬鹿なの?!」という言葉を飲み込んでいたため。
“いなご”って?:バッタの一種。モンスターではなく普通の昆虫で、大きさも常識の範囲(若干大ぶり程度)。
作物を荒らす害虫であると同時に貴重なタンパク源でもある。
日本でも古来から食されており、一部地域にこれを佃煮にして食べる文化が残っている。
大正~昭和世代の古い文化・・かと思いきや、3県に渡り「イナゴソフト(クリーム)」なるものも存在する。




