カツレツとトラウマ
俺が「シェフを呼べぇえ!」状態になってからしばらくして、ようやくマトモなトンカツが完成した。
俺の手で。
どうしてこうなったかと言うと、料理担当の店員に「カツレツとはこういう物か?」と問い質したところ「衣がちゃんと付く時と付かない時がある。」「そんなもんは運だ。」という信じ難い返答を頂いたのだ。
ふざけるなと言いたい。油の温度が低いうちに投入したせいだろ?!
他の店員も、果ては宿の店主までも同じような認識だったので。、思わず「素人の俺の方がまだマシな料理を作れるわ!」とツッコミを入れてしまったのだ。
じゃぁやってみろよ、という流れになり、作って見せた。
それでも納得しないので、懇切丁寧に衣が固まる理由から話し、料理指導までしていた。
油の温度さえあれば、剥がれる前に衣が固まるのだ。そして、油切れも良くなる。
油が少な過ぎる。こんな少ない油で、よく“油が温まり切っていない”状態を作り出せたな。
油が勿体無い?捨てないよ?!使い回せ!ただ、色が変わってきたら駄目だ、ほどほどにな。
薪のコンロってのが、ものすっごい使い難かった。
トーチみたいな魔道具のコンロは無いのかと聞いたら、あった。
しかも、炎の調整ができた。あるなら使え!!
勿論、油の温度が上がり過ぎるのも良くないが、その辺はちゃんと調整して欲しい。
ほら、こうしてパン粉をちょっと入れてね・・・って小学校の家庭科かよ!
火加減を「時の運」みたいに言いやがるので、馬鹿みたいに沢山作ってやった。
中にはちょっと不恰好な衣の弾け方をしたやつもあるが、あんな無残な物体になったものは1つ足りとも無かった。
火もちゃんと中まで通ってるはずだ。
むしろ、ここまで薄い肉なら、高温の油に投入して火が通らないわけがない。
飲食店で働いたことはあるので、完全な素人とは言えないのかもしれないが、料理の修行をしたとかそういう経験は無いので、俺の料理の腕前は素人に毛が生えた程度だと思っている。
一人暮らしも長く、コンビニ弁当の毎日は楽だが味気無くて、手料理に挑戦した時期もあった。
だが、料理をすると、過去に付き合ってた女性からの言葉が頭を過ぎるのだ。
「ヨシ君って、料理も美味いんだね。なんかお嫁さんって感じ。」「家事のできる男の人って素敵だって思ってたけど、なんか違うのよね。」「私は主夫ができる人に支えて欲しいんじゃないの、仕事ができる人を支えてあげたいの。」「なんか、女々しいっていうか、頼りないって言うか。」「ヨシ君はいいお嫁さんになれるけど、旦那さんとしては・・ビミョーかな。」
・・・・・・。
仕事が特別できなかったというわけではない。実際、収入は俺の方があったし。
最終的に記憶は、中学時代まで遡る。
「付き合ってください」という、シンプルながらも最大の勇気を込めた俺の告白を「無理。」という言葉で断った女子がいた。
「だって、よっちゃん、女の子みたいなんだもん。無理無理。」
決して悪びれた様子の無い同級生。友人としての付き合いは、保育園よりも前からあった。所謂、幼馴染という奴である。
さすがに彼女も、ここまで俺を傷付けたとは夢にも思っていないだろう。
しかし、自分が女顔であることを自覚していた俺に、初めて鋭い一撃を食らわせた言葉である。
それまでも、色々と「あれ?」と思ったり、ムッとする事はあった。それはもう、多々あった。
女の子の服をやたらと着せたがる叔母にも「女の子みたい」と言われていたし、何度か会ってるのに男だと知って驚く人もいた。
男ばかりで遊んでいた時の他人の反応とか、組み分け後に先生に「さん」付けで呼ばれたりとか、店員に女の子向けのコーディネートを勧められたりとか・・・挙げ出せば限が無い。
自覚はしていたが、ここまで俺の心を抉った事は無かった。
中学生。最も多感な時期である。
俺は、小学生の頃あたりから「他の男子よりも体力が無い」という事に気付いてはいた。
これを機に、ランニングしたり、筋トレしたりして体を鍛えるようになり、自分の筋肉の付かなさに愕然とした。
喉が渇いたら牛乳、食べる量を増やし、運動量を増やしたが、下手をしたら体を壊して余計に体力が無くなったりもした。
それでも、華奢だ小柄だと言われ続けた当時から、大学にかけて、人並みの体躯にはなったんじゃないかと思う。
残念な事に平均を下回ってはいたが。
その後、付き合った女性はいるのだが、関係は友人以上、恋人未満で終わる。
俺の何が悪かったのか、今後の為にも教えて欲しいと言うと「そういう女々しいところ」と言われたりした。
他にどんな女々しいところがあったのか、直せるところは直したいと教えてもらおうとしたが、最終的に「そんな顔してるから!」とか言われると、俺にはどうしようもない訳で。
何度も整形を考えたことがあり、実際に相談に行った事もある。
「そんな可愛い顔しているのに、勿体無い。」
と、そこの先生に言われて利用する気が失せた。整形って怖かったし。
話が剃れたが、俺にとって、料理というのはトラウマスイッチである。
俺が飯を作るとあれだけ喜んでくれた女性が、コロッと掌を返して「料理なんかできるから」「男らしくない」とか言ってきた記憶が苦々しく、食欲が失せていくのだ。
最近は男がキッチンに立つ料理番組もあり、ちょっと古いが育児男子なんて言葉も出てきた。
男女の立場に差が無くなってきているのだとか言われている。
まぁ、実際にそうかというと、そうでもないのが現状だが、これが20年・・せめて10年でも早ければ、俺はこんなトラウマを抱える事も無かったのかもしれない。
・・・結婚まで考えていたんだよなぁ。
俺の渾身の1皿を席に運び、食べる。
たまたま居合わせトンカツを振舞われて喜ぶ、少ない客を尻目に、冷えて固まったパンをもさもさと口にねじ込み、噛み締めた。
「・・・・・・。」
「コケ。」
そういえば、スザクを頭に乗せたまま調理してたみたいだ。
俺が店員と言い争っているうちに、頭に登ったのは覚えてるんだ。
最近、頭の上で大人しくしているスザクの存在を忘れる事がある。すまないと思う。
しかし、鶏を頭に乗せたまま調理って、衛生的にはどうなんだろうな?
「ゴホン。」
あ、オッサン。まだいたのか。
「あんたの物作りに対する姿勢は見せてもらった。
頼みがあるんだが、俺に、剣を振るうところを見せてはくれないだろうか?」
おっさん・・なんか急に饒舌になったな。なんか目がギラギラしてるけど・・。
ああ、トンカツ食ったのか。うまかったろ?
あ、俺の手を付けてないカツレツ(?)も食ったのか。どうだったんだろうか。
ギトギト&ドロドロの衣が残っているあたり、想像が付くけど。
で、何だっけ?
剣を振るうところを見せろって?
何故かと聞いてもいいんだが、話が長引きそうだ。
俺、飯を食い終わったら、今日こそしっかり眠るんだ。
「明日でいいですか?」
「今日だ。」
俺は、オッサンに両肩をしっかりと掴まれていた。




