報酬の吹っ掛け方
とにかく、受けるも受けないも、その“昆虫モンスター”とやらの生態が掴めない事には返事ができない。
岩に擬態している事と、堅い外骨格、そして長い触角という情報以上の事はわかっていないらしい。
一緒に居るシーサーペントについても、大したことはわかっていない。
長くてニョロッとした外見、あと船を噛み砕くというアゴの凶悪さとと大きさくらいしか、情報と言えるものはなかった。
どうにも、海中のモンスターについての情報は、不確かなものしか無いのだ。
海に現れた謎の細長いモンスターは全てシーサーペントと呼ぶらしいし、果てはクラーケンもシーサーペントに分類されていた時代があるという。
何本もある足のみが海上に出て、胴体が見えていなかったので混同された、という話だ。
そのクラーケンだが、タコ・イカの区別すら無いっぽい。
何本も触手を持った悪魔の魚、それがクラーケンなのだそうで、耳があったか、足が何本あったか、胴体の形はどうだったか。すべて「わからない」と返答された。
モンスター図鑑らしき本を開いて見せてくれたのだが、想像図はイソギンチャクと魚を足してクラゲも加えた、みたいな、かなり珍妙な姿だった。
タコとイカの生態には詳しくないので、クラーケンがどちらなのか分かったとしも大して進展は無いのだが、昆虫モンスターと、もしかしたら戦うかもしれないシーサーペントに関してはもっと情報が欲しい。
無いにも等しいほど微妙な情報しか無いのはキツイな。
さすがに、正体不明のモンスターと前準備も無しに戦えるほど、無謀じゃないつもりだ。
「成功報酬で、これまで失敗した冒険者に支払った総額の倍なら受けるのよ。」
コラコラ。勝手に受けるな。
失敗した冒険者が何人いるのかは聞いていないが、さすがに総額は吹っ掛け過ぎだと思うよ。
「俺達は、たまたまこの町に寄ったけど、他の依頼だってあるし、用事も途中だ。
大事な時間を取られるんだから、バックアップは勿論のこと、報酬も融通してもらわないとなぁ。」
その上、まだ毟り取るつもりなのか?
まさか、この調子でずっと話を進めていたんじゃないだろうな?
ギルマスを見ると、かなり切実な感じで訴えてきた。
「余計に支払える金は、もう無いんだ。
この町の防衛予算は尽きつつあるし、もちろん、最低限のバックアップはさせてもらうつもりだが、報酬に関しては、これ以上は勘弁してくれ。」
頭を抱えているが、実際問題として、何度も失敗しているのだから資金繰りは相当大変なはずだ。
海の交易路が絶たれた今、金だけ出て行き、収入は細いままだ。まさに頭の痛い問題なのだろう。
「さっきからこんな感じなのよ。
どうせ、次の討伐で失敗しても、また何処かから予算が湧いて出る癖に、ここでケチっても良い事無いのよ。」
「そうだぜ。だいたい最低限ってやつは、いっつも信頼できないんだ。
何もしなくても『最低限の事はしてやった』とかほざくつもりなんだぜ。」
まるで、「自分たちは、ごく当たり前の要求をしている」と言わんばかりの2人に、俺は頭痛がしてくるような気がした。
説教タイムだ。
話を聞いて来る、というのは大変ありがたいが、勝手に受けたり返事をするのが駄目な事。
報酬の話も、過去の報酬の何倍もを吹っ掛けるのは駄目で、適性報酬と、用意されている報酬を聞いて判断する事。
たくさんの用事がある場合、無理に受けない事。それを理由に吹っ掛けないこと。
どこかから無限に沸いてくる金なんぞ存在しない事。
最低限、というのは個人差があるので、具体的に詰める事。
そして、自分勝手な判断をせずに、まず持ち帰る事だ。
「だって、リフレは昆虫と聞いたら、きっと逃げるのよ。今後の為にも、依頼は受けるべきだわ。」
「こんな大きな町の予算が、そう簡単に尽きるわけないだろう。」
反省の色無し、か。
もっと分かり易く説明しないといけないみたいだな。
「依頼を受けるにしても、情報が無い状態で挑むのは無謀だ。
今後の為って言っても、余裕がないわけじゃないのは知っているだろう?」
そう、俺たちは課金を原則禁止されているが、金持ちの部類になるだろう。
贅沢さえしなければ、下手したら一生仕事をしなくても生きていける。
そういえば、この世界の人間以外の種族は長寿だったりするのだろうか?
エルフは長寿そうだし、魔族、ドワーフだってもしかしたら・・一生は無理なのかな?
「あと、町がどんなに大きかろうと、色々な事態に備えて予算を取っておかなくちゃいけない。
この依頼にだけ使ってしまっていいわけじゃないんだ。
それに航路が潰れて、現状では収入が減少傾向にあるはずだ。無理を言ったら駄目だ。」
2人は納得しないような顔をしている。
一体、何に納得いかないんだ?
「無謀・・なのかしら?それに、リフレはお金なんていくらあっても使ってしまいそうなのよ。」
「航路の問題だって、リフレが解決してくれるわけだし、成功報酬なら問題ないだろ?」
まるで失敗をすることを考えて無いような言い分である。これは危うい。
さすがに、あるだけ使ってしまうつもりはないし、金塊は取っておくつもりでいるのだが。
あと、航路を復旧できるかどうかは、本当に分からないのだ。
「流石に、この歳でそれなりの金銭感覚はあるつもりだよ。当然、無謀だし、解決できる前提でのやり取りは危険だ。
それに報酬のやり取りってのは、信頼関係あってこそだ。押し売りは良くない。
何しろ、俺たちは実力も定かでない流れの冒険者なんだぞ?」
「え」「えっ?」「えっ」
・・・・・・・。
何かな?ってか、ギルマスまで何故こっちを見て固まってるんだ?
俺、当たり前の事を言ったよな?
うん、今の発言を振り返って考えてみても、特に常識から外れたことは言ってないはずだ。
「・・・ぐっ・・。確かに、あれだけの実力を示した相手に対して、他の冒険者と同列に扱うのは無理があるか・・。
わかった。領主と相談してみるし、それでもし駄目でも、俺のポケットマネーから追加の報酬を出そう。
バックアップの体制は、これまでの冒険者にしてきた事に加えて、町全体で取り組むと誓う。
だから、どうか頼む。この町を救ってくれ!」
おい、ギルマス。そこで何故折れた?
もしかして、「実力が定かでない」って部分で、「実力を見せたのに、お前、納得して無いだろ?」的な意味で捉えちゃった?
違うよ?俺は、普通にギルマスの言い分をだな・・・。
「さぁ、譲歩を引き出したからには、依頼を受けないと男が廃るのよ。」
「さすがリフレだ。本人が出てくると、話が纏まるもんなんだな!」
お前らニヤニヤしてんじゃねーよ。
絶対に俺の言い分を理解した上で言ってるだろう?
ああ、もう。
何故か“受けなきゃいけない度”がグッと上がってしまった気がする。
俺は、頭を下げるギルマスを前に、溜息を吐くのであった。




