本気の手加減
俺達は、訓練所の中心に来ていた。
がらんとした空間に、ギルマスともう1人、治療薬を持った女性が付き添う。
そんな大げさなもんじゃないよ?と言いたいけど、さっきの前科があるからな・・・。
「どちらかが有効打を浴びるか、降参するか、戦闘不能になった場合に終了するとする。
ギルドの訓練場使用規則を厳守し、お互いに悔いの無いよう、試合に臨むように。」
訓練場の使用規則は、一応さっき聞いた。
相手を死に至らしめるような攻撃はしてはいけない、とか、他の訓練生の邪魔をしてはいけない、とか、そういうごく普通の決まりごとで、スキルの制限とかは一切無かった。
普通にマナーを守ってやってれば抵触する事もないだろう。
「では、試合開始!」
ギルマスの合図で、向かい合う俺と2人。
俺は素手、相手は木剣を使用している。
一応、ハンデ戦になるのかな?
まず間合いが違う。
だが、俺は素手で戦うとは言ったが、木剣を奪わないとは言っていない。
刃物では無い以上、掴めない事は無いのだ。
相手もそれはわかっているだろう。
ぐっ、ぐっ、とグリップを確認している。
「さて、2人のどちらかが動いたタイミングで俺も動く。好きにしろよ。」
余裕、ではない。牽制である。
俺のタイミング作りでもある。
とにかく集中する。この世界における強さは、単なるステータス差では無い。
特に顕著なのがAGL(敏捷性)だ。
どんなにAGL(敏捷性)が高くても、避けなければ攻撃は当たる。
数値で算出された%で、勝手に回避行動を取るなんて事はないのだ。
その代わり、その算出された%で攻撃が当たってしまう事もない。
避けなければ攻撃が当たる変わりに、ちゃんと技術によって全て躱す事も可能なのだ。
予想に反して、2人は直ぐに動いた。
スキル:疾風
2人も同じスキルを使ったようだが・・
「消えた?!」
ステータス差に加えてスキルレベルにも差があるんだよ!
「まず1キル。」
初動を読み切れなかった2人の首にトンと軽く触れ、宣言する。
もちろん、それで負けを認めるような素直な奴らじゃない。
直ぐに反撃に入る。振るわれた剣撃をよく見て躱す。
さっきみたいに、2人に挟まれる事態にだけは、絶対にしない。
2人が挟み撃ちを狙って動く前に距離を取る。
「ちょっ、ふざけんな。何だよ。今の・・」
アーディが思わずと言った感じで悪態をつく。
そりゃそうだ。一方的にやられて気分の良い奴なんている筈ないからな。
それにしても、AGL(敏捷性)型の252レベルともなれば、消えたように見えるんだな。
漫画みたいな台詞が聞けて満足である。
そして、俺はギルディートの背後。2人の視野を振り切り、見失ったはずだ。が。
そこで振り向く勘。マジで恐ろしいわ。
「ふっ!」
突き。このAGL(敏捷性)差で誘いとは思い切ったもんだが、相方が付いて来れてないぞ。
そしてもう一度繰り出される突き。ここで意図に気付く。これは、誘いなんかじゃないな。
なるほど、牽制と、剣を引き戻す速さを優先して、武器を奪われないように時間稼ぎか。
本当にお前は、戦闘勘が良いというか!
あくまで俺とは2対1で、か。そして俺は各個撃破を狙う。
その僅かな時間で俺に気付くアーディ。だが、連携を取らせる時間は与えない。
距離を取り、訓練場を伸び伸びと使わせてもらう。
「何なんだよ、あいつ!人間じゃないのか?」
失礼な。人間だよ。
ギルディートは俺を追って顔をこちらに向けているが、アーディは見失ったようだ。
ギルディートの動きを見て、俺の位置をなんとなく把握しているに過ぎない。
ならば、遠慮なく背後を取らせてもらおう。
「んなっ。」
アーディを盾にして仕掛ける。
ギルディートは思うように剣が振るえない。
「舐めんなっ。」
舐めちゃいないさ。振り向きざまの一撃を、よく見て受け止める。
もちろん、刃がどうのと文句を言われたらつまらないから、抑えるのは剣の横腹だ。
全力のSTR(筋力)を指に集中する。
「しまっ・・」
棒引きの勝者は俺だ。
ちょっと木剣がミシッと言った気がするが、聞こえなかった事にしよう。
その僅かに動きが止まった瞬間を狙い、ギルディートが距離を詰めてくるが。
俺も武器を持ち直す程度の余裕はあった。
一閃。
木剣が空気を叩く音が木霊する。
単なる牽制だが、当たったらタダじゃ済まない斬撃に、ギルディートの動きが鈍る。
そこへ、俺の胴体目掛けてアーディが突っ込んできた。それは悪手だ。
手刀で軽く叩き落して、その首に剣をぺチッと当てる。
スキル:閃華咲刃
ここで範囲スキルか!
スキルって奴は、物理攻撃でさえ物理法則を無視する。似非魔法的なシステムだ。
範囲攻撃は単なる連撃ではなく、一撃に範囲を吹き飛ばす力を持つのだ。
確かにAGL(敏捷性)の差を考えると、一撃を俺に当てるのは難しい。
ギルディートの判断は間違っちゃいないが、スキルを使えるのはお前だけじゃないんだよ。
スキル:千斬乱衝
これは一体を切り刻むスキルだが、ここでは防御に使う。
俺に向かってくる斬撃を全て叩き落し、押し勝つ。単純に考えても、面の攻撃より点の攻撃の方が強いのだ。
防御スキルではないにしろ、レベルなど、色々な要素を踏まえても、俺が競り負ける事はないだろう。
アーディが起き上がり、俺に向かってきているが、体勢が整っていない。無視だ。
AGLもSTRも圧倒した俺が、ギルディートの持つ木剣の柄を思いっきり叩く。
衝撃で手が痺れ、握力が追い付かなくなってその手から木剣が離れた。
スキル発動中でも、強弱・中断が自由に出来るのはいいな。
2本の剣を弾かれて焦った表情のギルディートの頬を、スキルのモーションのままペチペチッと剣で叩く。
「2キルだな。」
宣言しつつ、掴みかかってきていたアーディを躱し、ついでにその頭に木剣を投げつける。
「イテッ!」
3キル目だが、数には入れないで置いてやろう。
木剣が手元に戻ったことに気付いたアーディは、泣き笑いのような表情を浮かべて、それを構えた。




