冒険者マリッサ、救出される
必死で助けを呼んだ結果、現れたのは大きな剣を持った男の人だったわ。
駆けつけて来る人がいるとすれば、知り合いの誰かだと思っていたから、一瞬、呆けてしまったわ。
誰だろう?自警団にこんな人いたかしら。って。
コランダに居る人は、全員知り合いだと思っているのだけれど、記憶にないわね。
背が高くて、威圧感に身がすくむ思いがしたわ。
兵士?騎士かしら。重そうな全身鎧を着崩すように着けていたのよ。
私がうずくまっている間に、その人は何か叫びながらフォレビーを攻撃しはじめたわ。
そこから、ほとんどのフォレビーを一瞬で叩き落したのよ。
そっと窺い見ると、優しい目をしている人で、思ったよりも若いみたい。
安心した瞬間、緊張が緩んだせいで涙がポロポロあふれ出てしまったわ。
その人は、私に使うようにと薬を渡してくれたのよ。
いや、あなた攻撃されているわよ?ほら、後ろ後ろ!
後頭部にパッカーンと体当たりしてきているフォレビーに・・・この人、気付いてもいない?
あっ、気付いたわ。残りのフォレビーを倒すのね。
気を取り直して、渡された薬を見てみる。
万能薬:全ての状態異常を治す。
HPポット(大):体力を大幅に回復させる。
SPポット(中):スタミナをある程度回復させる。
えええ?
何よ、万能薬って。全ての状態異常を治す?
おかしいわよ。そんな薬、ある訳ないじゃない!
と、言いたいところだけれど、実際に目の前にあるのよね。むしろこんなの、何に使えばいいの?
何に使う為に渡してきたのかしら?まさか、虫刺され?・・・そんな訳ないわよね。
必死に見たけれど、私の目では偽物ではない、という事以外は何も分からなかったわ。
でも、その偽物ではない、という事が既に非常識なのよ。
状態異常っていうのは多岐に渡るわ。
毒だけでも色々なタイプの物があって、それを解毒するためには色々な薬が必要なのよ。
それを全て解決する解毒薬という物でさえ、眩暈がするような値段だったわ。
毒以外にも、状態異常っていうのは多岐に渡り、中には石化なんていう厄介な状態異常もあるのだけど・・それさえ治ってしまう薬なのよ。
こんなのをよく知りもしない人の前に出して・・持ち逃げされたらどうする気なのかしら?!
HPポット(大)もおかしいのよ。どう見ても私の怪我に対して容量がおかしいし、品質も私の知っているものと比べものにならないわ。
SPポット(中)は・・普通ね!逆にびっくりしたわ!
使えと言われて、ここに並べられているって事は、これを使えって事なんでしょうけれど。
これって後でものすごい金額を請求されたりしないかしら?
私が固まってる間に、その優しそうな目の男性は、そこにいたフォレビーを全て片付けてしまったわ。
そして、使われていないお薬と私とを交互に見たあと、おもむろに万能薬の蓋を開けて・・・
サラサラサラ~~っと私に振りかけたの。
「きゃぁああああああああ!!!」
思わず、悲鳴を上げてしまったわ。
よりによって、一番高そうなお薬をあなた・・・。
え?くれたの?これ?善意?
腫れてたから?虫刺されに効くと思って?
・・・・・・この人。馬鹿なの?
この馬…もとい、優しい男性はリーフレッドと名乗った。
ちょっと呼びにくい名前ね。リーフレッド、リーフレッド。覚えられたかしら。
名乗る前に考える素振りを見せたので、もしかして偽名では?と勘繰ってしまう。
でも、どうみても犯罪者とかではない。どちらかというとカモ・・・いや、善人だと思うわ。
だとしたら、偽名を使う理由なんて無さそうなものだけど・・?
回復アイテムが珍しいだけじゃないわ。武器や防具が、この辺じゃ見ないくらい洗練されてる。
使い込んでいるのか、汚れや傷なんかもあるけど、間違いなく一級品だわ。
一級品なんて言葉が陳腐に見えるくらいの品ね。でも他に表現できる言葉を知らないのよ!
妙に言葉遣いも良かったし、どこかの富豪の子息とかで、身分を隠しているのかもしれないのだわ。
うん、その線が濃厚ね。世間知らずが過ぎるもの。
その後も、突拍子もない行動は続いたわ。
私の私物のインゴットを報酬に、手伝いをお願いしたら快く引き受けてくれたのよ。
私、金とか銀とか言ってないわよ?実際、鉄のインゴットしか持ってないのだけど。
もちろん、わざと伏せたのよ?勘違いしてくれた方が助かるから。
でも、普通は引っかからないわ。
しかも、数も聞かれてないのだけど。
報酬の確認は、冒険者にとってかなり重要なところよね?
大丈夫なの?この人?
それで、この人の倒したフォレビーなんだけど、ものすごい数なのよね。
それを回収する素振りもない。
荷物がいっぱいなのかしら?
私もめいっぱい詰め込んだけど、もう入らないわ。
そして、私が見つけたフォレビーの巣に行ってみたら・・・
掘り返されてる?!
リーフレッドの仕業なの?
で、これだけ掘り返して、あの端っこだけ切り取ったの?
・・・やっぱり馬鹿だったのね!
でも、お互いに荷物がいっぱいなら仕方がないわ。
何とかして少しでも持って帰れるように工夫をしましょ。
草を編んで即席のロープを造り、蜂蜜の詰まった巣を結わえ上げる。
これでかなりの量が持って帰れるはずなのだわ。
蜂蜜だけで1樽半はありそうね。
つまり、蜂蜜酒にして樽4つは堅いわ!堅い、かしら?・・・多分いけるわ。
それくらいはあるわよね?
ともかく、これでお爺・・・・じゃなかった、師匠のお酒の材料は揃うわ!
と、思ったら。
のそり、と現れた巨大な影。
リーフレッドの身の丈を越す大きなモンスターがこっちを睨んでいるのを見つけてしまった。
フォレベア。
この森の主。
比較的安全なこの森の“例外”。
・・・蜂蜜の匂いにつられて寄って来たのね。
少なく見積もってもリーフレッドの3倍の重量はありそうな、圧倒的な体躯。
鋼の剣をも弾く爪と膂力。そして恐ろしいのは、骨をも砕く牙。
武器を持った人間なんて歯牙にも掛けない、胆力と獰猛さ。
フォレベアにやられて、何人も大怪我をしているし、死んだ人だっているわ。
行方不明者が出ると、みんなフォレベアにやられたんだって思うのよ。
リーフレッドは確かに強いけど、さすがにフォレベアから守ってとは言えないわ。
私は帰還の札を持っているからいつでも逃げられる。あなたも逃げるのよ!
そう言おうとしても、声が出なかったわ。恐怖で立ちすくみ、胸が苦しくなる。
冷静な判断が出来ず、頭が真っ白になる。1人ならパニックを起こして猛然と走り出したと思うわ。
そして、後を追ってきたフォレベアに殺されていたでしょうね。
「ていっ。」
スコ、という軽い音と共に、フォレベアの首が落ちた。
・・・。
視線を落とす。
そこに、間違いなくフォレベアの頭があったわ。
え?
構えようとしていた胴体は、一瞬だけ硬直して・・そのままボテ、と倒れる。
誰がどう見ても、文句の付けようが無く、森の主が討伐された瞬間だったわ。
私が信じられなかったのも無理は無いと思うわ。
あのフォレベアが、まるでハムでもカットするみたいに簡単によ。
今、自分で思い出しても冗談みたいって思うもの。
「ええええええ?・・・・・ええええええええええ?!?」
何回、目を擦ってみても、見えるものは変わらなかったわ。
目の錯覚とか夢なんかじゃない。その事実を飲み込んだ時、ようやく驚愕に至ったのだわ。
この人、どれだけ強いの?
一部始終を見てたけど、見間違いじゃなかったら、剣を一回振るっただけだったのよ!
それで、嬉しいながらも困ったことに、私はこれ以上荷物が持てない。
助けられたのだから、最低限の荷物持ちぐらいする気持ちは持っているのよ。
蜂蜜も大事だけど、フォレベアは毛皮、肉、内臓まで素材として売れるわ。
ここで解体して持てるだけ持つしかない。
買ったものを捨てるのは嫌だけど、また取りに来る機会はあるわ。
私は、価値の低いアイテムを持って帰るのを諦め、フォレベアの素材を詰め込めるだけ詰め込む事に決めたわ。
リーフレッドは私の荷物を見て何か思い付いた様子で、深刻な表情をしたわ。
そしてアイテムボックスがどうの、プレイヤ?がどうのという私にはわからないやり取りをしたの。
その後、リーフレッドがフォレベアの胴体を丸ごと持ち物に入れたのよ。
え?どういうこと?
持ち物に入りきらないんじゃなかったの?どうしてそんなに大きくて重いものが入るのよ。
聞いてみると、本当にうんざりした顔をして「虫なんてもう嫌というほど見たから、回収するのもだるくて」とか、「クマでも釣るのかと思って」とか言うから、思わず手にしたアイテムを地面に叩きつけたわ!
それにしても・・・レベルを聞いたらあっさりと教えてくれたけど、252レベルなんて本当かしら。
確かに、レベルが上がって持てるアイテムが増えたなんて話は聞くけど、そんな桁の違うレベルの話なんて聞いたことが無いのよ。
嘘を言ってる様子じゃなかったけど。相当な強さなのだから、相当な高レベルなのは間違いなさそうね。
30レベルを過ぎたら持てる容量が増える、なんて言ってたけど、まだまだ先の話なのよ。
でも、本当にそうなら楽しみだし、助かるのだわ。だって、ものすごく便利だもの。
出身を聞かれて思わず聞き返したけど、はぐらかされてしまったわ。
考え事をしていて聞こえてなかっただけかもしれないけど、気になるわね。
不思議で謎の多い人だけど、これだけは間違いないわ。
この人、ただの馬鹿じゃない。大馬鹿なのよ!
レベルだけは高いみたいだけど、放っておいたらどこかで野垂れ死ぬわ。
誰かに騙されて破産するのが目に見えるようなのよ。
とりあえず、冒険者の先輩として、私が色々教えてあげないと。
とにかく、コランダに帰らないといけないわ。今日は疲れたのよ・・・。