1日目:異世界デビューは範囲スキルで
目を覚ますと、そこは異世界だった。
いやいやいや。
そりゃ夢だって思うよ。
ないないない。
現実逃避だってするよ。
昨日、いつも通り布団に入って、目が覚めたら知らない場所だもん。
「何だこの格好?」
コスプレ?起き上がってすぐに思ったのが、自分の身に着けているものがおかしい事だった。
とりあえず身につけていた皮製ウエストバッグ(こんな渋いデザインの物は持ってないんだが)を覗き込む。
その瞬間、ポコッという音がして、視界の隅に持ち物一覧が並んだ。
「………。」
固まる思考。
この持ち物一覧……どことなく見覚えがあった。スクロールって…できるな。
持ち物は驚くほどあった。その内容はおかしなものばかりだったけれども。
例えばこんな感じ。
・サイダーグミーのかけら×8
・スモーキーウッドの枝×2
・魔布×28
・モンスター変身ペンダント(グミー)
あ、これTFFだ。
TFFというのは、古くからあるトリニティーフィールドオブファンタジアというMMORPGだ。
しょぼめのグラフィックだが、その代わりにマップがとんでもなく広い。
世界観はひたすら戦争を続ける3つの国があり、それぞれ別の世界と言っていいほど文化や生態系が違う。
プレイヤーは、キャラクターを選んでプレイするのだが、キャラごとに特色があるというか、職業が違うというか。
キャラクターは選択式だが、後で自分の好きなようにカスタマイズできるので、見た目で困る事はあまりない。
で、キャラごとに背景となるシナリオがあり、それを進めてストーリーを楽しむも良し、戦争をするも良し、クエストを受けて稼ぐもよし、クエストを発注するもよし、仲間と駄弁るも良しという、わりとミニゲーム要素多目で自由度の高いゲームだ。
俺は割と好きだったのだが、高グラフィックのPCゲーや、簡単に遊べるスマホゲーに押されて経営が苦しいのか、どんどんサーバーが減り、今ではBOTさえ見かけない寂れゲームだ。
それを、俺はクランが何度解散しても、謎アプデが何度起きても、何度やめても復帰した。
他のゲームもやってみたが、結局戻ってきてしまったのだ。
キャラがそこそこ育ってたせいもあるだろう。
飽き性な俺がこのゲームに嵌った理由は、キャラごとのストーリー性だ。
飽きるたびにキャラを作り、一回りするとまた元のキャラをプレイした。
そんなこんなで何年も経つと、無課金でもそこそこの強さで、そこそこの装備のキャラが出来上がる。
初めてのMMOで思い出深かったのもあるだろう。
気ままに駄弁っていた仲間と思い付きで立ち上げたクランは最高に楽しかった。
次のクランではリアルの引越しでログインできなくなるというのに、祝いをそれは盛大にやってくれた。
同じキャラだけのネタクランに入って戦争に突入したりなんかもした。
で、そんなゲームの中に、俺はいるっぽい。
「あー、夢か。久々に面白そうな夢だな。ちょっと遊ぶか。」
最初はそんな気楽な感じだった。わりと現実っぽい夢は良く見るタイプだし、夢だと自覚して遊ぶこともある。
しかし、妙な違和感があった。夢としての違和感と言うか、現実味というか。
とりあえず見た感じ、ここは低レベルでも問題のない農耕の町コランダのようだ。
あのしょぼいグラフィックが異常なくらい修正されているけど、特徴的な「柵だらけで真ん中を通らないと隣の家にも行けない」面倒くささがそのままだ。
それにしても圧巻の風車群。ものすごくきれいだ。
こんなグラフィックならもうちょっと人気出たろうに…と思うものの、こればっかりは俺の悩むべき事じゃない。
頑張れ、運営。
第一村人……もとい町人は遠くに見えるが、ここで絡むよりも色々遊びたい。
外に出てみる前に、俺はステータスを見ようと思った。
見たい、と思うだけで視界の隅にウインドウが開く。持ち物を見ようとした時と一緒だ。
俺のステータスを見ると、最近ろくに触れていなかった元祖メインキャラクターであることが分かった。
ただし、名前は*****となっていた。
どういう事だろう?と思ったが、夢の事なので特に気にしない事にした。
レベルもここいらではオーバーキルもいいとこ、何も問題ない。
とりあえず、スキルをぶっ放すべく、ウキウキと町の外へと向かったのだった。
俺の元祖メインキャラは大剣使いだ。キャラ設定はクールな傭兵で、面白おかしい仲間達と衝突しながら成長していく、というストーリーが楽しめる。
「あ、そうだ。武器を出しておかないと・・・。」
と思ったら、町を出た瞬間フル装備になっていた。
このゲーム、アバター装備以外は何を装備しても見た目が変わる事は無かったはずだが…。
なんぞこれ。こんな仕様なんて無かったよな?
街でも外でも、見た目上は武器を持っているかどうか、程度の変化しか無かった筈だ。
いや、キャラによっては武器を持ったままのキャラもいたな。
ともかく、街の外に出たからと言って、防具を着込むなんて事は無かった筈だ。
それが街に出たとたん、普通に重装備だ。ちょっと重いような気がする。
まぁいっか。夢だし。
で。
スキルは相手がいないと発動しないものもある。
せっかく面白い夢を見ているのだから、覚める前にスキルの1つでも使いたい俺は、町を出てすぐ、グミー達が群がっているのを見つけた。
グミーというのは、こちらが攻撃を仕掛けるまで攻撃してこない上にとても弱い。
数は必要だが“グミーのかけら”という汎用性のある素材を落とす、初心者御用達のモンスターだ。
さっそく範囲斬攻撃のスキルを使用した。
「ランページウェイブ!」
その瞬間、凄まじい速度で身体が動き、大剣が前方の空間を薙ぎ払った。
スキル:乱舞は端的に言うと回転斬り付けだ。
自分の周辺の狭い範囲だが、高火力で複数の敵を薙ぎ払う。
その時感じた躍動感…空気を切る音、回る景色、頬に当たる砂、踏みしめる草と大地の感触、匂い。
その時に感じた違和感と、嫌な胸の高鳴りは、俺を不安にさせるものだった。そして・・・
「くへっ?」
俺は呆けた瞬間に軸足をくじいて転倒した。木の根に足をとられた結果である。
思わず呻いて武器を手放していた。さすろうと体を丸めようとするが、装備が邪魔でうまく動けない。
そしてそこへ倒れてくる大剣。
俺の異世界デビューはと散々な滑り出しであった、とだけ言っておこう。
-解説- 超説明会です!読み飛ばしOK!
主人公って?:40台に片足を突っ込んだオッサンです(ぁ)。
コスプレって?:ゲームやアニメなど、日常生活では馴染みのない格好をする事。
スクロールって?:パソコンのマウス操作。画面を下の方にずらす事。
MMORPGって?:Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)の略。大規模多人数同時参加型の、インターネットを通じて遊ぶゲームの事。
グラフィックって?:映像の事。高グラフィックとは高画質の映像の事を指すが、逆に低グラフィックとは言わない不思議。
カスタマイズって?:形や機能を変える事。本人主観での改良(客観的には改悪である場合もある)。
クエストって?:ゲーム用語で課題の事。「探求」「探索」「追求」「遠征」などという意味もある。ほとんどの場合報酬があるが、必ずしも良い結果を導き出せるとは限らないのがRPGの悲しいところ。
BOTって?:ロボットの略称。 ネットワークゲームの自動実行(何らかの作業を自動で繰り返し続ける)プログラムを指す。自動的に狩りを続け、金と経験値を稼ぎ続ける事が可能。寝てる間にできる事から寝マクロなどとも言う。マクロは自動って意味らしいですよ。
アプデって?:アップデートの略。最近の情報に更新する事。不具合を直したり、より良い状態にする事・・の筈なんだけど、世の中、そんなに上手くいかない。他の不具合が現れたり、改善のつもりが改悪だったりと、色々起こる。どう良くなったのか理解できない現象を謎アップデートなどとも言う。
サーバーって?:ざっくりと説明すると、ゲームってデータの量が多いので、アクセスが集中すると処理が追いつかない、とても大変な状態になります。
集中が駄目なら分散させればいいじゃない!というシステム、それがサーバーです。はい、ざっくり。
アバターって?:グラフィックで作成する、自分の分身。≒キャラクター。
グミーって?:スラ・・・モンスターの一種。どこにでもいて、かなり弱い。適正レベルは3くらい。
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こんなもんかな?