物語が書けないの
少し前から雨が降り出していることは音で分かっていた。まだまだ小雨のようで、断続的に雫の音が響いている。
車、雨樋、車、車、塀、木......今また雨樋に当たった。
私は文芸部に所属しており、今は雨音をBGM代わりに部誌につかう作品を書いているのだが思うように捗らない。3行書いては2行消し、また2行書いては3行消している。バックスペースを押す回数の方が、エンターキーを押す回数を上回ってることを頭のどこかで意識していた。机の上に置いてある、クンショウモのぬいぐるみをぼんやりと弄る。しかし、困った。この様に一人延々と執筆に困っているといつもあいつがやってくるからだ。
「『雨音をBGM代わりに』か...。何か聞き慣れたフレーズだな。溢れ出るデジャヴュ感。やっぱりセンスないな」
案の定、そいつは現れた。
振り返らなくても、そいつは私の真後ろに置いてあるベッドに腰掛けていることは分かっていた。
「センスがなくても、技術があれば誤魔化せるのになぁ。技術もない癖に一丁前に書いてんじゃーねよ」
そいつが初めて現れたのは、中学3年生の時。丁度今のように思うように上手くいかない時に現れた。
「その表現カッコイイと思ってるのか?前衛的なのを狙いすぎてて意味が分からない」
その時そいつは置いてあったダンボールに腰掛けていた。初めて見たときはかなり驚いたっけ。なんせ、私とそっくり同じ姿をした何かが目の前にいたのだから。そいつは驚く私を前にして散々作品のダメ出しをした後跡形もなく消えていた。それからも、定期的に私が悩んでいる時に追い打ちをかけるように現れた。いわゆるドッペルゲンガーと似ているように思ったが、ひたすらグチグチいうそれとは性質が違うように思えた。なので、便座的に私はそれを〝ワタシ〟と名付けた。
「あー出たよ出たよ。いちいち片仮名で書くヤツ。センスのいい名前が浮かばないからって逃げんなよ」
〝ワタシ〟が後ろでまた勝手に批評を始める。気がついたら、雨足がだいぶ早くなっておりもうどこに雫が落ちたなんて分からないなと〝ワタシ〟から逃げるように考えた。
「心にグッてくる言葉がないから、イマイチ響かないなぁ。もっと強弱をつけてこうぜ。常に一本調子だから間延びしちまう。それと1行1行丁寧に書いてこうぜ。手抜いてることは読者にすぐバレるんだぜ」
「うるさいな...」
全て気にしてることなのが悔しい。何だかんだ正論なのが悔しい。そして何よりも...
「地の文が雑だなぁ。もっと風景描写増やせるよな?設定の詰めが甘いな。自分が分かってるだけじゃ分かんねーぞ。文章の構成が下手だな。読んでて疲れる」
認めてしまっているのが悔しい。
「ところでさぁ、これって何のパクリ?(笑)」
座っていた椅子を思いっきり蹴り飛ばす。もともと古くなっていた為吹っ飛んだ勢いで背もたれが折れてしまった。転がった椅子にさえ腹が立つ。ベッドでニヤニヤしている〝ワタシ〟に近づき胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「私だってな、必死こいてやってるんだよ!所詮趣味の域だからオナニー作品だってことぐらい知ってるよ!誰々に似てるだなんて言葉何回だって言われた!でもさぁ私にはこれしかないんだよ!絵も描けない!作曲が出来るわけでもない!これしかないんだよ!こんな私にも出来ることは!!」
声を荒げすぎたせいで吐きそうになる。込めあげてきた色々なものを飲み込む。
「それでも、私も何かを創作るならそれを続けたい!」
「立派に啖呵切れるじゃねーかよ」
〝ワタシ〟がグッと顔を近づける。
「そこまでいうならさ、一生筆を持ち続けろよ。諦めなんて選択はねーんだよ」
ニヒルに〝ワタシ〟が舌を出す。
「お前がいたから、私たちは居れるんだよ」
〝ワタシ〟の輪郭がボヤける。それは海に沈む少女にも、素直になれない先輩、後輩にもみえた。初老の男にも、不思議な目をもった少年にもみえた。関係に悩む少女にも、失恋した少年にもみえた。鉛の塔で戦う少女達にも、屑のような人格故に最強の少年にもみえた。
「これからも言葉で私たちに世界を魅せてくれ」
拍子抜けするほどあっけない終わり。しっかり掴んでいた〝ワタシ〟は消えていた。
あれほど、降っていた雨はまたかなり弱まっていた。雫がどこに落ちたかまた分かりそうである。
さあ続きを書こうじゃないか。
いつだって物語を終わらせられるのは自分だけなのだから。
これは幕間の物語。小説を書くものになら幾らでもあるちょっとした笑い話。
言葉は続くどこまでも。私の残した物語が誰かの心に響きますように。
次回作でまた会おう。
「!を多用するのはタブーだな」
テスト期間だから書きました。