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ディザイア・ゲーム ~Episode Honestly in Death~  作者: おるた(原案者 まるぼろ)
7/8

7 ディザイア・ゲーム ~Honestly in Death~

 告白しよう。

 マック・レーンは、少女兵を殺したことがある。

 終戦間際のことだった。

 俺は最前線にいた。別にそこまで優秀な兵卒だったワケじゃない。魔力無しは人でなし扱い、ってことだ。弾除けみたいなもんさ。その時は、まだ左腕があった。まだ。

 当然、人員も物資もわんさと送られてくる。ここを突破してしまえば、NY国の勝利は確実になる。

 NY国は、軍事にはべらぼうな金をかけている。その税金の応酬に勝利し、とうとう防衛線を突破することができた。

 そのまま、NY国は相手国の首都を制圧にかかった。

 制圧……いや、あれは略奪といっても過言じゃなかった。

 同僚達が金目の物を手当り次第に盗み、文化の象徴を発破でふっとばし、男達をジリジリとなぶり殺し、女子供を凌辱していった。

 どいつもこいつも、ケモノが憑りついてしまったかのような阿鼻叫喚を作り出し、俺はどうすることも出来ずに、与えられた任務だけに没頭するように努めた。もともと警察官で、人並み以上の正義感があると自負していた。それゆえ、自軍の豹変が恐かった。俺達は地獄の訓練で、私情など徹底的に破壊され、ある種禁欲的な存在になったと思っていたんだ。そう、俺だけが。

 狂戦士達が破壊の限りを尽くしている大通りを眺める気には当然なれず、俺は裏通りを進んでいた。その時だ、彼女が戦術魔法を詠唱しながら飛び出してきたのは。咄嗟に俺は小銃で彼女を撃った。反射的に。本当に反射的に――いや、今更言い訳をしてどうなる?

 彼女の詠唱は中断され、地面に倒れた。思わず俺は彼女を抱き上げる。

 その時見てしまった。

 彼女の瞳の奥でのたうつ、ドス黒い憎悪を。

 当然だ。

 彼女にだって家族も友人も、思い慕う人だっていただろう。そんな彼女の世界を、俺達がこれでもか踏みつけている。そんな怪物達にせめて一矢報いようと、ぶかぶかの軍服をまとったのだ。俺の娘と同い年ぐらいの、この子がだ。

 あの時俺は、兵士という記号を撃ったんじゃない。

 確かに、一人の少女を殺したんだ。こともなげに。

 ほどなくして少女の瞳から光が消えた。

 目ざとい兵卒の一人が俺達を見つけ、こう言った。

「なんだレーン。そのメスガキ殺しちまったのか。もったいねえな」

 俺はその場で固まっていた。あいつらの認識からすれば、彼女らは未だに敵という記号だった。

 その後、イタチの最後っ屁といわんばかりに爆破魔法が飛んできて、左腕を吹っ飛ばされた。

 今にして思えば、俺ああの時くたばるべきだったのかもしれない。

 だが、世の中ろくでなしほど生き長らえる。

 


「そう。貴方はまた殺すの。

 目の前のプレイヤーと、彼女を愛する者達の希望を、全て御破算にしてしまうのだわ」


 少女兵の幻聴が聞こえてくる。


 なぜ俺は此処にいる。なぜ俺はこんなことしなければならない?


 対戦相手のホムンクルスの後頭部へ向けた銃口はずれ、俺は引き金を引いた。


 そして自ら発した銃声で、俺は正気に戻った。

 弾丸は、ホムンクルスが纏っていた軽鎧の肩当て部分をかすっただけだった。

 慌てて俺は大通りの方へ逃げた。

 ベソをかいていた。

 せめてあのホムンクルスが、大男だったら、一つ目の怪物だったら、トレーサーのような子憎たらしいヤツだったら、俺はまだ躊躇しなかったのかもしれない――チクショウ! どうしてこうも俺は浅ましく、未だ自分の生に執着しているんだ!?

 いつもニヒルな体を装っているクセに、土壇場になるとこれだ!

 ホムンクルスが、追ってきていると勘が告げている。。だが、地獄に棲まう猟犬は、爪が地面に当たる音が聞こえないというように、あのホムンクルスも裸足のせいか、まるで足音が聞こえない。不気味な追跡者だった。

 俺は拳銃を取り出し、追ってくるホムンクルスに向かって威嚇射撃を行う。

 ところが、俺が放った銃弾は見えない何かに跳弾し、俺の方へと飛んできやがった。

 次に、背中に凄まじい何かが襲い、俺は吹っ飛ばされ、うつ伏せで地面に激突、そのまま地面を転げまわった。

 その一撃で確信する。

 あのホムンクルスの扱える『偶発的魔法』は『ブロー』だ。兵士だった頃、魔法兵士が近接戦闘でブローを使い、敵兵を吹き飛ばして壁にぶつけて倒したのを見たことがある。

 俺が放った弾丸が俺の方へ飛んできたのも、ブローの魔法力場を楯に使ったのだ。

 更にホムンクルスが放ったブローで、俺は地面を転がり続ける。直撃は避けられたが、前歯が三本へし折れ、薬指がありえない方向へ曲がった。これほど吹っ飛ばされても、まだ腕銃『ウィントック04』は俺の左腕にくっついていた。あまりに吹き飛ばされ過ぎて、バトルフィールドと圏外の境付近まで来ていた。境にあるマーキングを越えれば、そのまま俺は死ぬだろう。喘ぎながらもなんとか上体を起こし、彼女の脚に向かってぶっ放した。

 その銃弾は彼女の太ももに命中し、崩れおちて膝立ちになる。代わりに、俺はなんとか立ち上がる。胸に激痛が走り、猫背にならざるを得なかったが。

「い痛い……」

 対戦相手のホムンクルスは、ベソをかきながら呻いた。

「痛いです……主任……」

 ホムンクルスが、出鱈目にブローを発現させる。

「この痛みへの対処を……主任……!」

 腹の奥をギリギリと締め付ける、少女の声。

 だが、やるなら今が完全な好機だ。悪趣味な腕銃で彼女の眉間を穿てば、俺は生きて帰れる。


「そう。貴女はまた殺すの。

 目の前のプレイヤーと、彼女を愛する者達の希望を、全て御破算にしてしまうのだわ」


 少女兵の亡霊が、俺とホムンクルスの間に現れた。

「クソ! 頼む! 出てこないでくれ! 俺にどうしろってんだ!」

 俺は喚いた。

「殺せばいいわ。今さら、一人増えても変わらないでしょう?

 彼女は、厳密には人間でもない。兵器であり、ただの兵士よ。

 貴方が負ければ、彼女は別の人間を殺していく。

 痩せこけた正義感や倫理なんて、いい加減かなぐり捨ててしまえばいいのだわ」

 それは酷薄な罵倒であると同時に、救済の直言でもあった。

 その通りだ。何を今さら。

 銃口を向ける。少女兵の亡霊と、ホムンクルスを、一直線状に。

 引き金を引けば、俺は二人を射抜くことになるだろう。

 だがそれが、どうしてもできなかった。

 俺は、震えながら、腕銃を降ろした。

「俺はあくまで安っぽい誠意で狂うのが筋だ。

 アンタ、名前は?」

 俺は、そのホムンクルスに呼びかけた。分かってるさ。こんなの最低で、イカレている。だが俺は、彼女を敵という記号として認識したまま引き金を引くワケにはいかなかった。

「シシラ……」

 律儀にも、彼女は俺に応じてくれた。

「俺はマック・レーン。しがないデカだ。丁度、君と同じくらいの娘がいる」

「……貴方、お父さん?」

「ああ、そうだった。もう娘には会える見込みがないが」

「なるほど、そうやって彼女の失血死を狙うのね」

 少女兵の亡霊は得心したようだった。

「……なら貴方は……娘をどう思って……ますか?」

「そりゃあ、世界で一番大事さ。

 ああもちろん、カミさんも世界一、大事だ」

 もっとも、俺はその大事なものを、自らぶち壊してしまったが。

「私も……主任に……『大事』と……思われているでしょうか……?」

「ああ、そうだとも。そうに決まってる。君がショーウィンドウの服を見て、ウキウキしていたのを見ていた。

 主任におめかしした姿を見て欲しかったんだろう? きっと主任も、君が成長して変わっていくのを楽しみにしているさ」

 主任が誰を指すのか分からなんだが、大方彼女の世話役みたいな人間だろう。

「私が死んだら……主任は……どう……思うのでしょうか?」

「死ぬ程辛いだろうさ……」

「辛いとは……どんな気持ちなのです……?」

「自分の心の半分が、無くなってしまうような感じ」

「もし彼が……そう感じる時が来るほど……私を思っているなら……私は……胸の奥がフワフワします」

「主任だってそうさ。絶対に。

 そして、君のような若人には、例え一分一秒でも幸せを求める義務と権利があるんだ」

 ホムンクルスはそう言いながらも、ブローの詠唱を済ませ、アイドリングをかけていた。賢い子だ。

 俺も腕銃を彼女に向ける。

 ここから先は、一天地六の賽の目次第だ。





 そして、俺が引き金を引くよりも早く、シシラの発現したブローが、俺の体を吹き飛ばした。


 俺は全身がグチャグチャになりながら、バトルフィールドの圏外まで吹き飛ばされる。


 心臓に途轍もない衝撃が走り、俺は動かなくなった。

 目の前も真っ暗になる。

 聴覚だけが、少女兵の亡霊の声を聞き取った。

「償いはこれからよ。マック・レーン」

 構いやしないさ。腹が出てきたおっさんにはキツいコースだろうが。

「でも……少しだけ、ほんの少しだけ溜飲が降りた」


 ああ、俺もだ。

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