4 セットアップ1
ホムンクルス研究所内部の演習場にて、伸縮性の高いスキニ―コンバットスーツを纏ったシシラは、戦術魔法『ピアッシング』をスキャット(高速詠唱)。ピアッシングは、限りなく細い針状の魔力力場を、弾丸のように超高速射出、装甲すら易々と貫通させる高等戦術魔法だ。野蛮な砲と違って殆ど音も発しないので、当然暗殺や潜入任務にも向く。そんな死神の吹き矢が、マルチキャストによって次々と発現、人間の型に切り抜かれた的を射抜いていく。発現率は96%。
「この詠唱速度で、こうもスペルミス(発現失敗)が少ないとは」
それを視聴室で観察していた大佐が、思わずうなった。
魔法兵士、もとい戦術魔法における最大の難点は、このスペルミスだ。人間のコンディションを万全に保つのは難しい。まして高速詠唱にくわえ、まともな人間には不可能なマルチキャストでこの発現率だ。文字通り人間離れしている。
演習場の的が仕舞われ、今度は他のホムンクルス達が現れ、格闘戦を行う。シシラは白い髪をたなびかせながら、次々と同種を鎮圧していくが、しばしば当身を食らう場面も目につく。
「流石に格闘戦はやや心もとない、か。まあ、そうそう行わないとは思うが」
「サイドウェポンとして拳銃とナイフを携行させる。大人とて簡単には近づけまい」
研究主任が返した。ディザイア・ゲームの規約の一つとして、一定の大きさの武器を持ち込むことは認められている。流石に魔力駆動式の装甲車なぞは不可能ではあるが。
「研究主任。貴方が父親になった時は、子煩悩になりそうだ」
「嫌味のつもりか?」
「いや、純粋な好感ですよ」
「……ホムンクルスは感情を抑制させているとはいえ、情動が無いワケではない。かすかにだが、笑ったり泣いたり、怒ることもある。彼らの動機付けと情緒の安定の為にも、私が接してやらねばならないのだ」
研究主任が、シシラに抱いているであろう感情を見抜けぬ者の方が少なかろう。大佐も微かに苦笑しながら彼を見ている。だが、任務に自他の私情を挟まず、挟ませないのが大佐という人間だ。個性と生存率は両立しえないことを、彼は帰納的に熟知している。万が一、研究主任が『心変わり』を起こした時の為の段取りも済んでいる。
「よし、調整はここまでだ。これ以上疲労させては本番に差し支える」
研究主任の合図と共に、演習場から視聴室へとシシラが戻ってきた。微かに汗を流し、頬も仄かに上気している。
「ご苦労、シシラ。ディザイア・ゲーム開始まであと二時間ある。しっかり休みなさい」
「了解しました、主任。待機モードに入ります」
「これが終わったら、街へ遊びに行こう。背も伸びたし、新しい服を買いに行こうな」
不意に、研究主任の声音の緊張が解けた。
「……はい。約束です」
シシラは、その細い体の内側から圧迫してくる感情を、どう表現していいのか分からないようだった。それでも、微かに微笑んでいるようにも見えた。
ディザイア・ゲーム開始まで、あと二時間。周りの研究員達が、彼女の白い頭髪を、黒色に染め始めた。