2 人型魔戦術兵器シシラ
効率的な暴力の回答の一つとして、威力の解離が挙げられよう。
拳から石器、石器から剣、剣から戦術魔法や銃と、その暴力の始点は人間の手から遠のき、遂には離れていく。
そして窮極の暴力性とは、自身の攻撃性を、他者に委託することにある。
被侵略によって捕えられた奴隷、傀儡政権によって洗脳された属国の民、でっち上げられた恐怖に扇動された臣民――。
いつか、いずれついには人間は人ならざるものの存在を作りあげ、その者に暴力を委託していくのだろう。
人間は、その叡智と技術をもってしても、内包された暴力性を克服することは敵わないのか。
JC国はマッドヘッド県、ホムンクルス研究所。
敢えて筆する事もなかろうが、ホムンクルスとは人間を模した人造の生命を指す。生命という概念を定義づけるには、様々な視点はあろうが――是非はどうあれ、この研究所が生み出した模した人造生命は、概ね人間の少女であると、万人が認識するだろう。
魔力力場で構成された円柱状の層の中に、培養液に浸された瓶詰の少女。真珠を紐解いたかのような乳白色の頭髪に、対照的に色素の濃い茶けた肌。不自然なまでに目鼻の整った顔立ちは、それは造形者の性癖か、あるいは造形における美意識から導き出された本能なのか。
「コード『シシラ』の動作確認を行う」
ターレットレンズ機能を搭載した眼鏡をかけた研究主任が命じる。部下達は生命賦活の為の培養液を、ガ魔力層から抜く。層の扉と、その人造生命の目蓋が同時に開かれた。女性研究者達が、培養液を拭うタオルで彼女の肌を拭き、そしてゆったりとした服を召させる。
シシラ、と称された人造生命は、どこか夢心地というか、静謐な無表情のまま口を開いた。
「調子はどうかね? シシラ」
研究主任がターレットレンズの倍率を上げ、シシラの下まぶたを軽く向き、状態を確認する。
「みなさん、おはようございます。
コードネームシシラ、現在、待機モードで稼働中です。
バイタルは体感でも良好。
精神状態も極めて安定してると自覚しています」
「それは良かったシシラ。魔法の詠唱は問題なさそうかね?」
「はい、主任。今のコンディションならば、レベル5の白兵戦魔法の詠唱ならば10、47秒で発現可能。
レベル4ならば三つまで同時詠唱し、8秒以内に同時発現可能でしょう」
いかに白兵戦用魔法が詠唱を効率化され、かつ、どれだけ魔法への造詣が深く魔力の強い者といえども、レベル5の魔法を詠唱、発現させるまで三〇秒はかかるであろうし、ましてレベル4の魔法を同時に唱えるとなれば、その者は発狂するだろう。
「……そうか。それは重畳」
研究主任は目を伏せた。
「今夜の二四〇〇から、ディザイア・ゲームが始まる。
シシラ、お前がプレイヤーに選ばれるだろう。
お前は『人型魔戦術兵器』として、敵を排除するんだよ」
研究主任は、自分の孫娘にでも言い聞かせるように、柔い声音でシシラに告げた。シシラは冷たげで仄かな桜色に染まった唇を開き、応える。
「了解です主任。私は使命を果たします」
無垢とも、あるいは無機とも言える宣誓に、研究主任はなんとか破顔して見せた。
研究所内に、乾いた拍手が響く。音源は、しっかりとした肩幅を持つ禿頭の大男だった。周りの研究者は猫背気味の者が多い中、胸を張り、筋骨隆々とした肉体を軍服にピッチリと包んだ姿は、いっそ理想的な男性像にも見える。
「大佐か……」
研究主任の言う『大佐』は拍手は続け、笑みを浮かべていたが、その瞳は不動の鋼のように感情を読ませない。
「此度のディザイア・ゲームは、我が国の勝利ですな。研究主任」
「本来抽選で選ばれるプレイヤーを、強制的に改竄してシシラにさせるなど。
大丈夫なのか? あのゲームは、まだ謎が多すぎるというのに」
研究主任は、大佐をねめつけた。大佐は肩をすくめる。
「彼女と同じく、私の仕事は勝利することです。
敗北は決して許されることではない。
そして彼女も、勝利する為に作られた。新たな人間関係を築く為ではなく、ね」
研究主任は眉間に皺を寄せ、目を泳がせた。大佐は続ける。
「時に主任、彼女のような女性型ホムンクルスには、慰安機能も実装できますかな?」
「戦闘用のホムンクルスに? 貴方がたは、槍や大砲を以て自らを慰める訓練も受けているのか?」
「それは機密事項ですからお話できませんな。
だが、前線に半年いれば、どんなベテランの兵士だって発狂する。
いずれ、誰かが、何かが、『捌け口』にならねばならない、ということです」
研究主任はシシラを一瞥した。主任の憮然とした表情を、少女は緩い無表情で見つめ返した。
その時のことだった。
「うっ」
シシラが小さく呻いた。研究主任は再び彼女を見る。人造された少女は、強張った苦悶の表情を浮かべながら、右手で左手首を抑えている。
「どうしたシシラ!?」
「左手首に痛みが……」
「案ずることはない。ディザイア・ゲームに当選した『徴』が出たのでしょう」
研究主任は、大佐の言葉に構わず、シシラの左手を掴んで自分の顔に近づけた。その白い手首に、腕輪の如く紫色の呪文の輪が広がっていく。
シシラはわずかに息を上げる。
「痛みが治まりました」
研究主任が一息つく。大佐は二人の様子に肩をすくめた。
「……さあシシラ。最終調整に入ろう」
死を招く修羅の名を戴いた彼女は、何も知らないかのように、あるいは何もかもを悟りきってしまったかのように、透明な視線を研究主任に交わらせた。
「了解です。研究主任」
※あとがき
それは機密事項ですからお話できませんな。←ケッコンカッコカリ