現実を生きる
異世界から戻った俺は、結局大学の演劇部に所属することにした。
ここの演劇部は、はっきり言ってぬるい。まあ、本気で俳優を目指しているやつはここにはいないから仕方ないか。
というか目指している方向がちょっと違う。劇を通しての社会貢献グループみたいな感じなのだ。
だからダウントンの連中に比べたら演技は数段負けているが、活動自体は活発だ。
各地の老人施設や身障者施設を回って劇を披露したり色々なイベントの端で寸劇をしている。
内容も多彩だ。還付金詐欺の実演による注意喚起劇や交通安全劇からなんちゃってシェークスピアまでなんでもこなした。
金がないので、衣装や小道具なんかには力を入れてないから見栄えはしないがシナリオはその時々に会うよう考えてある。
原作が良いからかもしれないが、施設で泣いちゃう赤鬼をやった時は、袖で見ていてちょっとグッときた。
舞台やテレビ用の演技の練習にはならないが、こうゆうのもいいなと思い俺は大学時代をずっと活動に参加した。
時には配役として、時には裏方として、3年には副部長の肩書きまでやらされた。
その時の部長の言葉はこうだ。
「海上よ、人生は長いようで短い。その短い人生の中で学生で入られる時間はさらに短い。そんな貴重な時間を無為に過ごすのは耐えられまい。坂の上からただ身を任せて転がるのは楽かもしれないが、それでは自分の行きたい所にいけるかは運次第だ。ここにいる皆は自分の足で立ち上がりそれぞれの目標に向かって転がっている。海上よ、お前も立ち上がれ。立ち上がりさえすれば道はおのずと見えてくる。お前の前にはすでに幾本ものレールが伸びていることを知るだろう。どのレールを選んでも良い、先に進むのだ。全てのレールはお前を演劇部副部長にすることに決まっているのだから。」
「部長、話が長いです。そんなんだから女の子に6回も振られるんですよ。」
「俺が女の子に振られるのは今回関係ない。ぬるくだらだらと活動を続けているお前に先輩として光を与える為、俺が今まで演じていた副部長の役を譲ろうとしているのだ。副部長はいいぞ、モテモテだぞ。関係先との調整仕事もてんこ盛りだ。この経験は社会に出てから役立つぞ。」
「○○○はどうしたんです?」
「断られた。やつは公務員を狙っているから勉強に集中したいんだと。」
「○○○は?」
「逃げられた。あいつ前会計を買収して会計の職を買った。だから副部長にはなれん。」
「○○○は?」
「単位を2つほど落としそうなので勘弁してほしいそうだ。やつにはこの前の公演でがんばってもらったから強くは言えん。」
「で、俺のところに回ってきたと。」
「ぬー、副部長は激務だからな。中々なり手がいない。牛丼を奢ってやるから引き受けろ。」
「副部長が激務なのは部長職についた人がなにもやらないからでしょう?」
「部長の肩書きは栄誉職みたいなものだからな。部長はいるだけでいい。これは我が演劇部の伝統だ。」
「くそっ、牛丼は特盛りですからね。サラダと卵も要求します。」
「ううっ、大盛りでかんべんして~。」
こうして、仲間に恵まれた俺は段々メリルのいない日常になれていった。
-勇者よ、忘れることもやさしさのひとつです。-
母神さまの言葉を思い出す。
だが俺はメリルを忘れたりしない。
しかし、当時の張り裂けんばかりの胸の痛みはもうない。
未だに思い出すと紅蓮の炎に心が焼かれるがそれも一時だ。
-怒りも喜びも一時のもの。だから私たちは演じるの。思い出すため、思い続けるため-
-俳優は描かれたシナリオに沿って演じるだけ。でも人生にシナリオはない-
そうですね、グレス。俺たちは常に人生の一番先を走っている。
躓くこともあるだろうけど、俺もがんばるよ。
-完-




