自分探しの旅に出かける
俺は自分の見識を広める為、まだ見ぬ世界に自らの足で踏み込んだ。
往く手には見るもの聞くもの全て初めてな事象が続いている。
俺の鼓動は期待ではやなり、足は不安ですくんだ。
しかし、俺はひとりではない。隣にはいつもくろが居てくれる。
くろはこの世界の住人だ。
おのぼり然とした俺の質問に笑いながら答えてくれる。
「くろ、あの赤い花はなんていう名なんだい?」
「ゆうしゃ、あれはカトレンナよ。あの花の受粉を見た恋人同士は幸せになると言われているわ。」
「そうか、でも僕たちには必要ないね。僕は君が居てくれるだけで幸せだから。」
「もう、ゆうしゃったら。」
・・・。いえ、嘘です。少し自分に酔っていました。ごめんなさい。
実際はちょっと違います。
「くろ様、あれはなんですか?」
「○○○だ。不味いことで有名だ。」
「ほう、あれが○○○ですか。」
「くろ様、あれはなんですか?」
「○○○だ。泣き声がうるさいので嫌われておる。」
「ほう、あれが○○○ですか。」
俺は行く先々でくろに質問した。
残念ながらドラゴンには会えなかった。
もっと残念なのは、実は自分の足で歩く自分探しの旅が3日で終わってしまったことだ。
挫折した?とんでもない。行ける所は全部回った。
世界は広い。ひとりの人間には無限の広さと言って良いほどの広さだ。
でもくろの管轄エリアは半径20km足らずだった・・。
お前の世界はシベリアオオカミの縄張りより狭いんかい!
くろに召還された俺はくろの管轄エリアから出られない。
いやくろが一緒なら出れるんだけれども、くろは管轄エリアを離れたがらなかった。
なんで?
実は管轄エリアは縄張りみたいなもので一定期間留守にするとフリーゾーン扱いになってしまうらしい。
実力のある子神さまなら留守にしてもちょっかいを出す者はいないが、くろはまだその域には達していないらしい。
まあ、現実としてはくろの指パッチンがあれば世界中どこでもバーチャン体験できるので、見るだけなら動き回る必要はなかったんだが、くろには少し屈辱だったらしい。
初めの内は率先してここはこれで、あれはあれだと嬉しそうに説明してくれていたんだが、管轄エリアの境界から出ようとすると、そっちは危ないとか、朝の運勢判断で行くなとでたとか何かと理由を付けては渋りだした。
何回かそんなやり取りをやると、もう行く所がなくなってしまった。
俺はなんとなく聞いちゃいけない気がしたが、森と草原と小川しか案内してもらえないんじゃ癒されすぎて世界征服のいい案なんて浮かばない。
ぶっちゃけ、実家の周りの方がバラエティに富んでいた気がする。コンビニだって2軒あったしな。うん都会だ。
「くろ様。」
「なっ、なんじゃ。」
「もしかして、くろ様の領地ってこれだけなんですか?」
俺は若さゆえの直球ストライク的な、相手の一番嫌がる質問を分かっていて敢えてした。
ちょっとイジワル。
「うわぁぁ~ん。むっ、昔はもっとあったのじゃ~。」
あらら、泣かせてしまった。
「あの時・・、あの時あやつの挑発にさえ乗らなければ・・、くっ。」
欧州で最近領土を失った国はないはずだから大戦時のことかな。いや、案外中世くらいまで遡るかも。
「くろ様、その件に付きましては後日改めてお聞きします。」
「なんじゃ、語らせぬのか。折角7日前に見た映画をパクッて聞かせてやろうと思ったのに。」
そんなことだと思ったよ。
「ここは私のいた世界ではスイス共和国になるんですよね。」
「うむ、位置的にはドイツと国境線を挟んだあたりじゃな。まあ、こちらには国境はないがな。」
管轄エリア境界線はあるじゃねえか。とは俺の心の声である。
「俺のいた国は日本なんですけど、召還に距離的な制約はないんですか?」
「ないな。なんなら火星に置いてある探査機を召還してやろうか。お主そうゆうのが好きであろう?」
「そんなことが出来るんですか!」
「うそじゃ。出来ん。食いつくな。」
このヤロー。そっちがそうゆう態度を取るなら俺も手加減しないぜ。
「くろ様、私スイスなんてテレビや写真でしか見たことがないんですが、牧歌的ですごくいいところだと思っていました。」
「そうであろう。我も気に入っておる。もっと褒めれ。」
「大抵は山や森や湖なんかの自然環境謳歌的な内容だったんですけど、それでも家や鉄道などの人工物は映ってましたねぇ。」
くろの眉がぴくりと動く。よし、食いついたな。
「ここにはそうゆうものがひとつも見当たりませんが、そうゆうものはもっと大きな管轄エリアに行くしかないんでしょうか?」
どうだ、参ったか、この田舎者め。さっきのお返しだ。
「なんじゃ、お主、人恋しくなったのか?しょうがないのぉ。ほれ。」
くろが指をパチンと鳴らす。
が、今回はなにも変わらなかった。いや風景は同じだが周りの森になにか異様な気配がするようになった。
「くるぞ!」
くろが突然俺の腕を引っ張って走り出す。
「なっ、何が来るんです・・。」
その時俺は東の空にオレンジ色のいくつもの小さな飛行物体を見た。
「あれは・・。」
「120ミリ榴弾だ。モタモタしていると挽肉になるぞ。」
くろは見もせずに答える。そして俺たちが大木の根元に転がり込むのと同時に榴弾が着弾、爆発した。
爆発音と衝撃波は結構キツイが破片は俺たちまで届かない。そのせいか俺は映画でも見ているかのようにその情景に見入ってしまった。
榴弾は俺たちから見て左から右へと順々に着弾していく。
「歩兵への誘導だ。直近であれをやられると分かっていても体が後ろに逃げてしまう。」
なんだ、何でこんなことになった?俺たちさっきまでしょうもないおしゃべりをしていただけだよな。
「こっちだ!遅れるな。」
再度くろが俺の手を引っ張り走り出す。
その時3kmほど離れた丘の稜線で何かが光った。そして今度は黄色い光が音もなく俺たちの方に向かってくる。
2秒も掛からずに光は俺たちがいた近くの樹に直撃し爆砕した。
俺は衝撃波をもろに受け前を走るくろの背中を庇うように吹き飛ばされる。
砕けた樹の破片が背中に突き刺さるが砲弾の破片よりはマシだ。
「うむっ、身を挺して我を庇うとは見上げた心意気じゃ。褒めて遣わす。」
いえ、たまたまです。とゆうか俺を弾除けに使ってませんよね?くろ様。
「今のは?」
「70ミリ戦車砲の榴弾だ。このまま伏せてやり過ごすぞ。」
俺とくろは吹き飛ばされたまま地面に身を伏せる。
砲弾は先程の120ミリ同様手前から奥に照準をずらして砲撃してきた。
「次はこちらからお返しだ。」
くろが指をパチンと鳴らす。
するといきなり知らないおじさん達が回りに出現した。
その中の一人がくろに報告する。
「敵野戦砲の位置が判明しました。こちらの射撃準備もよし。いつでも応射できます。」
「よし、やれ!」
「砲兵へ告ぐ!射撃開始!」
間髪おかずに森の後方からシュルシュルという音が前方へ伸びてゆく。
続いて大砲の射撃音らしき音が聞こえた。
「敵戦車来ます!正面3輌、右3輌。森の中にも何輌か見えます!」
さっきとは別のおじさんが双眼鏡で丘の方を見ながら報告する。
「身の程知らずめ、ただの歩兵部隊と間違えたか。戦場での判断ミスは死だ。虎を出せ!」
「はっ、戦車部隊前進!蹴散らせ!」
どこに隠れていたのか偽装網を引き千切って4輌の戦車が轟音を挙げて平原に躍り出た。
「うぉ~、すげぇ。戦車がウイリーしたとこ始めて見たよ。」
思わず感想が口に出る。
そんな俺に構わずくろは矢継ぎ早に命令を下す。
「第7中隊は戦車の援護、第3中隊は前面の森にいる歩兵をけん制しろ。騎兵隊は右から回りこんで撹乱だ。」
「はっ!」
くろの命令により兵隊が各所に散らばる。それに合わせるかのように前面の森から銃弾が飛んできた。
「砲兵へ連絡!前面の森を射撃!敵歩兵を黙らせよ!」
「砲兵へ告ぐ!前面の森へ射撃開始!」
一拍置いて1発の砲弾が前面の森で爆発した。
あれ、1発だけ?さっきはもっと飛んで行ったのに。もしかしてやられちゃったのか?
「着弾修正、左2、手前1。連射3回!」
ああ、そうゆうことね。
今度は8発くらいがいっぺんに飛んできた。
着弾地点の樹が揺れる。
しかし、一旦途切れた敵からの射撃はすぐさま再開された。
あの爆発を凌いだのか?歩兵ってやつは生身のくせしてしぶといぜ。
だが3回目の着弾で勝負はついた。回り込んだ騎兵隊が援護射撃終了とともに敵陣地を襲撃。第3中隊も突撃をかけ敵を森の奥に押し込んだ。
戦車部隊の方を見ると敵の戦車だけが3輌ほど煙を出して止まっていた。虎ちゃんは稜線越しにまだ射撃を続けていたがそれも程なく終わった。
戦場から音が消えると今度は無線兵が矢継ぎ早に報告を始める。
「戦車部隊より報告。敵戦車3輌撃破。追撃の許可を乞う。」
「追撃は却下。歩兵と連携して付近を警戒しろ。」
「砲兵より入電。部隊の移動許可を乞う。砲撃不可時間10分間。」
「許可する。8分でやれ。」
「第3中隊より報告。敵部隊は後退中。追撃の是非を問う。」
「深追いはするな。部隊をまとめて防衛陣地の構築を急げ。騎兵隊は前進して敵の動きを把握せよ。」
くろは一通り命令し終わると俺の方を見てニタっと笑った。
「なんじゃ、我慢できんかったのか。まぁ、我慢のしすぎは膀胱に良くないからな。」
俺はそう言われて思わずズボンをみると思いっきり漏らしていた。
「気にするな、戦場では別に恥ずかしいことではないぞ。というか普通だ。」
くろは事も無げに言う。
くろが指をパチンとするとあんなにいたおじさん達や砲撃で空いた穴や吹き飛んだ木々が一瞬で消え元の状態に戻った。
いったい今のはなんだったんだ・・。いや状況は分かる、戦場だ。だが何故?
「くろ、今のはいったい・・。」
俺は声に出してくろに質問する。
「ちょっとしたアトラクッションじゃ。元気がでたじゃろ?」
俺は呆れて返す言葉が見つからなかった。これが子神の常識なのか?唯の能天気、お気楽ちゃんだとばかり思っていたが違った。
子供が核爆弾のスイッチを持っているようなものだ。危ない、危なすぎる。
俺はこの時初めて子神を怖いと思った。