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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
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What You See Is What You Eat (冴吹稔 作)

 かつてはクリスマスなどと呼ばれていた、年末のある時期の夕暮れ。休暇に入って多くの寮生が帰省してしまい、ひどく静かになった学生寮(ドミ)の集会室の一つで、イダは仲間の男子学生数人とともにテーブルを囲んでいた。

 卓上には小さなメモリ読み取り装置と、双方向性の拡張現実(AR)端末が並べられている。その傍らに、イダは未開封のメモリを静かに置いた。


「二十一世紀の食い物のデータ……本物なんだな、イダ?」


 仲間の一人が、疑わしそうな表情になお期待感をみなぎらせて、そのメモリチップとイダの顔を見比べる。イダは無言でうなずいた。肯定の意味だった。

 これを入手した経路は若干怪しげなものだった。だがこのメモリを作ったメーカー自体は、公共の歴史博物館や軍にも各種のARソフトを納入している、名を知らぬものもない老舗の大企業なのだ。ただ単に、このメモリは一般の流通ルートに載せられていない――それだけのことだ。


「イダが手に入れてきたものなら間違いないだろう。よし、じゃあ始めようか。俺たちのクリスマス・パーティーを」

 一同のリーダー格、ターラーがそう宣言した。

「ああ、始めよう。いろんな事情で今回この寮に残ってる僕たちだが、脳の中だけでも祝福された豊かなものにしようじゃないか」

 ターラーは優秀な学生だが、両親は今地球を離れていて、実家に帰ってもだれもいない。イダはニホンからの公費留学生だが、帰省するだけの金銭的余裕はなかった。他も概ね同様、彼らは皆かつて聖なるものだったこの夜にあって、もの寂しい境遇をかこっているのだった。


 どこにいても手に入る、一番安価で栄養満点の食事――官営工場で作られる栄養ペーストとドリンク、それにクリスピーブレッドが一人一人に配られた。

 環境悪化に耐えかねた人類が無理やりに宇宙進出を果たした結果、地球はいくらか清浄を取り戻しつつある。だがその代わり、食の多様性は著しく失われた。食糧生産ラインを極限まで合理化、一本化したためだ。

 いかにもわびしく無味乾燥なそれを、味覚や触覚まで脳に送り込む半ば非合法のARメモリチップによって絢爛豪華な祝宴に変容させる――それが、彼らのもくろみだ。

 

「ついでに女の子のイメージデータも欲しかったな……知ってるか? この学生寮、2080年代までは女子学生の寄宿舎だったんだぜ」

「知らなかった。でもさすがに何度も建て替えられてるだろ」

「建物の同一性なんか問題じゃない。この空間座標の同じ場所に、女の子がいたという事実が重要なんだ」


 目下の現実は彼らにとって残酷。ここは女子禁制の男子学生寮で門限十八時を過ぎて街に繰り出すこともできないし、そもそも彼らの懐はさみしい。一人用のメモリチップを買うために小遣いを出し合い、次の公費支給日或いは仕送り日まで素寒貧なのだ。


 イダも頭にリング状の受容インターフェースを装着してスイッチを入れた。皿に載せられたクリスピーブレッドが、椀にあけられたペーストが、視界の中で別のものに置き換わっていく。皆もそうなっているはずだ。

 データ自体は一人用でも読み取り装置からの送受信ケーブルを機器の改造で複数に増設すれば、全員が一つのデータを同時に味わえる。そういう理屈だった。


「読み込みに時間がかかってるみたいだ。古いデータだからかな?」

「容量がすごく大きいのかもしれない。どんな料理なんだろう?」


 期待をあらわに言い交す仲間たちをよそに、イダは一抹の不安を覚えた。闇オークションの商品説明には二十一世紀当時の食品データとあり、出品者の評価も☆五つの優良なものだったが、説明書は製造時より後につけられた補完的なものだったからだ。


 だが杞憂だった。テーブルの中央、ちょうど読み取り機があるあたりに、現実には存在しない平たい鉄の鍋が現れた。その傍らには生肉と野菜類が盛られた大きな皿が。そして、手元の椀には褐色の液体が(見かけ上)満たされ、皿の上には殻付きの生卵があった。どれも、彼らは記録映像や文献でしか見たことがないものばかり。


「これは……名前を聞いたことがある。たぶんそうだ。ニホンで宴席に用いられた、スキヤキとか言うものだと思う」

 博識なターラーが目を輝かせた。

「よかったじゃないか、イダ。君の故国の食べ物だ」

「いや、食べたことないものは喜びようがないよ」

「とにかく、肉だ。それが重要なことだ」


 戸惑いながらも、彼らは乏しい知識を補い合いながら鍋に油を塗って肉を焼き、卵を割ってタレとまぜて、具材を口に運ぶその時を待ち構えた。

 実際には彼らは、手元でクリスピーブレッドをペーストに浸しているのだ。だが、脳内では――


 温められた獣脂で舌がぬめる。砂糖と醤油(ソイ・ソース)それに味醂の配合が生み出すハーモニー。ブレッドのサクサクした食感は薄切りの肉の歯ごたえに置き換えられ、舌の上でほろほろと崩れる豆腐のはかなさに変じた。


「美味いなあ……!」


 誰からともなく漏れる感嘆符。

 メリー・クリスマス! 主観において彼らは今この上なく幸福だった。


 饗宴はしめやかに、晴れやかに続いた。残り少なくなった肉を争う彼らの箸とフォークが、読み取り装置を突き刺して破壊するまでの間だけ。

2017/11/25 表記揺れ修正のため更新

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