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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第一回 ヒトメボレ描写企画(2017.3.25〆)
4/268

タルウ・チャカラ・ンバ (キュノスーラ 作)

 ここまでのぼってきても、雄叫びと太鼓の音は、まだはっきりと聞こえる。

 見下ろすと、ルンチャカランバの広場が大篝火の炎に照らされて、まるで暗い森の中に浮かび上がる光の円盤のように見えた。踊り狂う人々の影は、円盤に刻み込まれた紋様だ。

 おっと、危ない! よそ見をしながら階段をのぼっていたせいで、岩壁の曲がりのところに腰の羽飾りが引っかかり、危うく後ろ向きに転げ落ちそうになった。

 飾りは……無事だ。まだ貧相でも、狩人の証で、誇り。無事でよかった。

 遥かな昔、森の中から神々が力を合わせて引き上げたといわれる巨大な岩壁「狩人の壁」。

 俺は、その表面に刻まれた細い岩の階段を登っている。

 今、四度目の曲がりを過ぎたところだ。

「狩人の壁」に、手すりなんてものはない。そんなものは赤ん坊や子供が母親たちとすむ「木の家」にあるだけだ。

 階段も通路も、空中にむき出し。そこを歩いていくことを怖がるようじゃ、狩人である資格はないってわけだ。

 でも、ようやく慣れてきた今でも、月と星の光だけをたよりに夜風が吹き抜ける階段をのぼるのは怖い。

 特に今夜は、ここまで来るあいだに二度も休まなきゃならなかったほど、脚はぷるぷる、膝はがくがくだ。しっかり足元を見ておかなきゃ、せっかくこの春に登ることを許されたばかりの「狩人の壁」から真っ逆さま、なんてことになりかねない。

 それにしても、チャカラ祭タルウ・チャカラ・ンバがこれほどとんでもないものだったとは知らなかった。

 道理で、俺たちが祭の話をねだっても「壁に家も持ってないガキにはまだ早い」とか言って、兄貴たちが何も教えてくれなかったはずだ。

 今、弟たちに祭のことを聞かれたら、俺もそう答える。

【腰豊かな】チャカラ神は、命の神。

 チャカラ祭は、狩人たちが結婚相手を見つけるための祭だった。

 男の狩人は、稲妻の彫り物を入れた肌を油で光らせ、自分で仕留めた鳥の羽でこしらえた飾りを身につけて、槍を振り回し、腰を振って踊りまくる。

 女の狩人は、大渦の彫り物を入れた肌を色鮮やかな土絵の具でいろどり、自分で仕留めた魚の鱗でこしらえた飾りを身に着けて、銛を振り回し、腰を振って踊りまくる。

 月が拳ひとつぶん昇るあいだやっただけで、丸二日は立てなくなりそうな激しさなのに、大狩人と呼ばれるような男たち、女たちは、日が沈んでからついさっきまで、凄まじい雄叫びをあげながら踊りまくり、気に入った相手と茂みにもつれ込んでは、また出てきて踊りまくっていた。人間じゃない。

 人間じゃないといえば、大狩人ガン・ガルンカ・ンバ・オウラ・ゲルメの姿は、本当に凄かった。肩より上は一面の彫り物、肩より下は全部羽飾りに埋もれて、伝説に出てくる鳥人そのものだった。彼のまわりには、何人もの女狩人たちが熱烈な踊りを見せつけながら群がっていた。彼女たちが発散する熱気だけで酔ってしまいそうな、ものすごい迫力だった。

 いや、いや、酔ってしまいそうなんじゃない。俺は、もう酔ってるんだ。すすめられるまま、ケラト酒をたてつづけに5杯、いや4杯だったかな、調子に乗って飲み過ぎた。

頭がふわふわする。だが、足には来ちゃいない。このぐらぐらは、踊りで疲れたせいだ。

 ……そう。その、大狩人ガン。


「俺の4番目の息子の5番目の息子を呼んできてくれ」


 って、彼が、俺に言ったんだよな。


「おまえ、あいつの狩仲間だろ! あいつ、自分の壁の家に引っ込んだに違いない。引っこ抜いて、ここに連れてこい! うまく連れてきたら、俺の羽飾りから一本分けてやってもいいぞ」


 ジラ・ゲルメと俺は、確かに気の合う仲間同士だけど、あいつは俺と違って――祖父の大狩人ガンとも全然違って、ほんとに静かな男なんだ。

 本人も静かだし、周りがうるさいのも嫌う。今夜も、最初の儀式にだけ顔を出して、踊りが始まったらすぐに姿を消してしまった。

 ここまで来てはみたけど、たぶん無理だろうな。あいつ、本当に嫌そうな顔をしてたから。

 でも、一応、言うだけは言ってみよう。

 うまくいったら、大狩人ガンの羽飾りが一本もらえる。これは大したことだ。試してみる値打ちはある。

「狩人の壁」の岩肌に御先祖たちが刻んだ細い通路を歩いて進み、いくつもの「壁の家」の前を通り過ぎた。

「壁の家」は、通路から垂直に壁の中へと掘り込んだ、小さな洞窟のような住まいだ。一人前の狩人と認められた者は、「木の家」から「壁の家」に移って住むことを許される。風よけとして入口にさげられた獣の皮の質が、その家の主の格をあらわしている。女の狩人なら、大水蛇の皮だ。


「ジラ!」


 真っ黒な双牙猪の皮をめくって首を突っ込んだ瞬間、息が止まった。心臓も、一緒に止まるかと思った。

 どんな獣よりもしなやかな筋肉のついた、肩と背中。

 長い腕が、黒い滝みたいな髪を優雅に首筋から持ち上げている。

 その一面にほどこされた、おそろしく精緻な大渦の彫り物。土絵の具で描かれた赤と紫の斑点が、花びらのように散っている――

2017/10/22 作者名変更のため更新

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