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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第六回 キラキラ☆ワードローブ企画(2018.11.24正午〆)
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イシスウィング・ミラーダンス (梨鳥 ふるり 作)

 空一面に幾筋もの稲妻が走る夜であった。

 ヤシの木が風に葉を騒めかせ、浜辺に打ち寄せる波は荒く泡立ち、濁っていた。

 何股にも別れて空を割る稲妻の下、一人の舞姫が足を砂に撫でられながら立っていた。

 また稲妻が走った。砂に埋もれた左足の親指がピリリと痺れた時、彼女は嵐の空へ顔を上げ叫んだ。


「お師様の嘘吐き! どうして私に跡を継がせてくれないの!?」


 途端、厚い雲から槍の様に雷が降って来て、彼女の直ぐ目の前に落ちた。

 稲妻は地面を揺らし光を霧散させ、燃え上がった。

 辺りは黄色と橙色に染められ、何もかもの影が踊り出し舞姫の周りを囲った。

 激しく燃え上がる炎の中の揺らめきが腕となり、脚となり、腰となり、パチパチ閃光を放ちながら蠢いた。お終いに、炎が薄布の様に閃き巻き上がり、小柄な老婆が現れた。

 老婆は浅黒く日焼けし萎びた身体を、真っ白な貝殻のスパンコールが揺れるブラトップと、真珠貝の内側色をしたフリルスカートで包み、踊っていた。

 ウッドビーズで編まれたベルトが、彼女の動きに合わせて木琴の調べを奏でている。

 老婆のうなじから垂れた薄布がはためいて、キラキラ光った。この不思議な薄布には、コイン状の薄鏡が隙間なく縫い付けられていて、憧れに胸を焦がす舞姫の顔が、さざめく鏡の全てに映って揺らめいていた。

 老婆は衣装を煌めかせながら、深い愛情のイマジネーションを、身体中で描かれる曲線の全て、虚空が腕に貫かれる見えない振動や、息遣いまでもメッセージに変え、踊りで舞姫へ語りかける。


―――ワラ(私)は迷ってんの。あんたの瞳は深海の泡のように透明。あんたの唇は紅い珊瑚よりも紅く、肌は真珠よりも白く滑らか。心の中は、カモメの羽ばたく夕の浜辺よりも広く深く煌めいて、ワラを甘い苦しみでいっぱいにした。愛しい子。ワラの宝。ワラの分身。

 ワラはあんたが可愛くってしかたない。


「そんなら、お願い――――お願い。私を最後まで導いて。私はお師様みたいになりたいの!」


―――思ったほど良いものじゃあ無いと知った時に、あんたはどうすんだい?


 老婆は鏡の布を閃かせ、翼あるものや、目に見えないものを模していく。

 翼は鷹、羽はカモメ、翅は蝶、瞬く六ツ翼は、天使の降臨。

 布を操って、螺旋を描くと永遠が香り、翻して時のさざ波を作った矢先に、老婆は鏡の布にひらりと隠れた。

 稲妻が光って、幾つかの鏡面を強く光らせた。舞姫は片目を閉じる。

 鏡の布に、徹底的に踊りを叩き込まれた、若く美しい肢体の自分が映っていた。

 そのしなやかな腕の横に、群生する鏡の隙間から老婆の腕だけが出て来て、そっと並んだ。

 舞姫がギクリとした時、空が一際強くピカッと光った。

 轟音と光が点滅した。細切れの明暗の最中、弾ける鏡の群れからバッと老婆の姿が躍り出た。

 舞姫は、布鏡に映った自分が老婆に変わってしまったと錯覚し、叫び出しそうになった。


「ご覧!」


 思わず後退りかけた時、老婆が声を張り上げた。

 その声は、どこか傷ついている。


「お前は老婆の姿で踊れるかい?」


 舞姫は息を飲む。


―――ああ、そんな。老婆の自分! 想像もしていなかった。

 萎びた腕と脚、縮む頭身、貝殻の衣装の下の、妖艶を奪われた空虚な身体……私はその姿で踊れるだろうか? 今、あれほど驚いてしまったのに。


 ドッと雨が降り出して、砂浜にポソポソ小さな醜い穴があいていく。

 老婆の衣装に光る貝殻の一つ一つが、雫を零して揺れている。 


――――私には、無理だ……!!


 舞姫は老婆の前に、涙を零して膝を突いた。


「……最後に、一緒に踊ってくれますか?」

「……いいよ……いいとも。では、思い出の舞を」


 師と弟子は向かい合うと、出逢い、過ごした日々を踊り出した。

 いつかの喜びを、カモメを模して跳躍し、いつかの悲しみを、両腕を波に見立て揺蕩せる。

 師が踊る思い出の数々を見ていると、舞姫はある事に気が付いた。

 贈り物の様な日々を踊るのは、いつしか老婆では無くなっている。もちろん、若く美しい女でもない。

 それは、四肢を持つ物語だった。舞姫と老婆の物語だ。

 鏡の布が閃いて、舞姫の姿が映った。

 そこにも、四肢を持つ物語が……羨望を追う、燃える様な物語が映っていた。

 老婆は欠けた前歯を見せてニッコリ微笑むと、鏡の布を翻しくるりと回った。鏡という鏡が雨粒を輝かせる。そうして鏡の布は、無邪気な風が遊び終わった様に地面に落ちた。

 舞姫が鏡の布を手に取ると、白く美しい貝殻の衣装だけが、砂の上に残っていた。

 稲妻はどこか遠くの空へ行き、月が海原に輝いていた。


 長い年月が流れ、舞姫は老婆になっていた。

 彼女はそれでも一人、踊り続けていた。

 ある日、ふと気づくと、自分そっくりな老婆が隣で踊っていた。

 二人は同じ衣装を身に纏い、ピッタリ息が合っていて鏡の様だ。

 どちらかが言った。


 さあ、何を踊る?


 喜怒哀楽、花鳥風月を体現する事に、見た目の枷など何処にも無かった。

 煌めく鏡の布に、変幻自在の踊り子達が映っている。

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