「綺羅」 (観月 作)
※作者本人ページでも同作品を公開しています。
うっすらとした筋状の雲が浮かんだ空には、太陽の陽光が眩しいくらいに輝いている。
けれども空気はひんやりと冷たくて、俺は羽織ったジャンパーの襟元を寄せた。
目の前には三階建てのアパートが、三棟並んで建っていた。国道から一本入っただけなのに、朝早いからなのか、アパートの周辺はやけに静かだった。
一番手前のアパートの外階段を登る。
カンカンカンカン。
軽快な金属音が、周囲に鳴り響く。
踊り場でくるりと方向転換をして、俺の靴音はまた高音を響かせる。錆びた手すりに添えた手のひらから、自分の足音に合わせて振動が伝わった。
三階にたどり着く頃には、軽く息が上がっている。
ピンポン ピンポン ピンポン ピンポン !
俺は目的の部屋のチャイムを連打しながらドアノブに手をかける。
「おーい、康介! おっはよー。遊びに来たぞー、って、あれ?」
てっきり鍵がかかっているものと思っていたのに、ガチャリと玄関のドアが開いて、俺は部屋の中へと転げ込むようにして入っていた。
ほえー。
何だよ康介、結構きれいにしてんじゃん?
と思った途端、目の前にいる人影に、驚いて目を見開いた。
人? そう、まあ人?
その人は、キッチンの流しの前で座り込み、うつむいている。
キラキラとした金髪がくるくると渦巻いていて、真っ白な透けるような服を着ている。
服? とにかく薄くて柔らかい下着みたいな服。
天使じゃないかと思った。金髪で、白い服。羽をなくした天使が、うつむいて泣いているのかと思った。
「あ……の?」
俺が声を絞り出すと、天使が顔を上げて、こちらを振り返る。
金髪に隠れていた瞳は、思いがけず真っ黒で、吸い込まれそうだ。ふっくらとしたほっぺたがすごく可愛い。
「あんた……だれ?」
天使は、やけに掠れた声でそう言った。
「え? ここ、康介んチ? だよな?」
俺の声を聞いた天使は、はっとしたように、自分の姿を見下ろしてから、こちらをぎりっと睨んできた。
「いつまでこっち見てんのよ! このスットコドッコイが! 康介なんていないわよ!」
そう言うやいなや、流しの上に乗っていた、プラスチック製のボールを思い切り振りかぶる。
「うわ!」
慌てて締めたドアが、ガーン! と、派手な音を立てた。
その衝撃に思わずギュッと目をつぶり、両手でドアを思い切り引っ張りながら、乱れた呼吸をととのえる。
「おー。博之か? 何日曜の朝っぱらから騒いでんの?」
俺の右隣りから、康介の声がした。
グキ、と顔をそちらに向けると、寝癖の付いた髪をかき混ぜながら、玄関のドアを開け、顔を出している康介がいる。
「あれ?」
俺は、自分が引っ張っている扉と、隣に立っている康介を何度も見比べた。
「俺んち、こっちだけど?」
右隣の部屋を指差しながら、康介がにやにやと笑っている。
「あ! え? 俺、部屋間違った!?」
ようやく事態が飲み込めた俺は、閉めたドアをまた思い切りよく開けた。
「すいません! 隣の部屋と間違えたみた……っ!」
部屋の中から何かが飛んできて、俺はまた、慌ててドアを閉めたのだった。 〈了〉
2018/03/07 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記