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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第六回 キラキラ☆ワードローブ企画(2018.11.24正午〆)
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ランピトの機織り (キュノスーラ 作)

※作者本人ページでも同作品を公開しています。

 娘ランピトがはたに向かいはじめた、という話を妻からきかされ、デメトリオスは黙ったまま目を大きくした。

 彼がスパルタ人でなければ「な、な、何だって!?」とのけぞりながら叫んでいたことだろう。


「何故……」


「さあ」


 話はそれだけで終わった。

 無口な両親のどちらも、娘が急にこれまでの方針を曲げた理由は、まったく理解できないままだった。



「ふんふふーん」


 軽やかに歌いながら忙しく機の前を行き来し、美しく張った経糸たていとのあいだに緯糸よこいとを打ち込んでゆく。

 ランピトの手際の鮮やかさに、手伝う奴隷娘のマケーは舌を巻いた。

 これまで機の前に立つことなどほとんどなく、女子の運動競技にばかり打ち込んできたランピトさんなのに、この巧みな手さばきはいったいどういうことなのか。

 女神アテナさまを思わせる堂々たる長身と身体能力のみならず、その機織りの技の巧みさまでも与えられておいでになるとは、恵まれた方というのは、本当に、どこまでも恵まれておいでになる。


 機に向かいはじめて三十日あまり、ランピトの織物はとうとう完成しようとしていた。

 暁の光のごときクロコス色の布。しなやかさは、まるで風のようだ。

 ほつれてこぬように糸を処理し、布のふちを、赤の刺繍で飾る。


「おまえも手を貸してくれ」


 そう言われて、マケーも刺繍を手伝う。

 薄暗いところではできぬ細かい手仕事だ。家の外に出て、日よけの布の下で作業をする。

 光が当たるたびに、美しく目のつまった布が光り、そこから出入りする針がきらっきらっと光る。

 遠くの茂みの陰から、若い男たちがこちらをうかがっていることに、マケーは気付いていた。ランピトさん目当てのスパルタ人の若者たちだ。

 マケーが気付いているくらいだから、目のはやいランピトさんが気付いていないはずはないが、涼しい顔をして刺繍を続けている。

 その涼しい顔が、憎らしいと思うことがときどきある。あまりにも恵まれすぎていて。

 黙々と手を動かしながらそのことを考え詰めていると、できあがればランピトさんの着物になるこの布を、引き破ってしまいたいと思う瞬間さえある。

 でも、もちろん、そんなことはしない。

 そんなまねをすれば殺されるからというだけではなく、一心に針仕事に打ち込んでいるランピトさんの真面目な顔を見ていると、そんな気持ちを抱いたことが、何だか恥ずかしくなってくるからだ。

 結局、誰もが、ランピトさんに惹かれずにはいられない。

 悔しいが、自分もまた、そのひとりなのだ。


「できた……」


 数日後、刺繍も終わり、完成した衣を持ち上げて陽に透かしてみながら、ランピトは呟いた。


「きっと、よくお似合いです」


「うん」


 ランピトは遠くの茂みの陰で若者たちが目を見開くのも構わず、着ていた衣をするすると脱いで、非の打ちどころのない体に真新しい衣をあてた。

 陽に焼けてつややかな肌に、しなやかな衣が流れるようにそって、マケーは思わずため息をついてみとれた。

 ランピトさんの髪は栗色で、よくくしけずった豊かに波打つ髪は、何の飾りもつけていなくてもそれだけで黄金のように輝いている。


「まるで……」


 女神さまみたいです、と言おうとして、マケーはあわてて口をおさえた。

 死すべき人の身を神々になぞらえて、傲慢ヒュブリスにより罰された人々の物語がたくさんある。

 ランピトさんみたいに、あまりにも恵まれた方なんて、そうなってしまえばいい、と思うこともあるけれど、今、太陽の光の中で笑っているランピトさんはあまりにもきれいで、何だかすがすがしくて、湿った薄暗い考えなど、すっかりどこかに追いやられてしまうようで――


「では、新しい着物ができたから、古いほうは、マケーにやる」


「……え?」


「おまえは料理番のタロスのことが気に入っているだろう。あれと一緒になれるように、私が父に話しておいてやる。嫁ぐとき、持っていきなさい」


「えっ」


「私にも狙っている男がいる。知っているかな。ディアイオスだ。レスリングの名人の。今度の祭礼で、これを着て、花冠をかぶって、あいつの前をうろうろする。新しい衣は、女にとって、男たちの鎧みたいなものだ。戦いのとき、心に勇気を吹き込み、奮い立たせてくれる。私は必ず、あいつの心を捕まえてみせるぞ」


 そんなに勇み立たなくても、もうみんなあなたに捕まえられていますよ。

 そう言うこともできずに、マケーはただ目を見開いて、ランピトのまぶしい笑顔を見つめていた。

2018/11/24 一部修正

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