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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第五回 旅の一幕企画(2018.7.28正午〆)
175/268

ブルズアイ・ヒルの通信塔 (冴吹稔 作)

 ノッチング・クロス駅に足止めされて、二日が過ぎた。


 機関士のルーカスとドク・マシューズは、一キロ先の崩落現場まで線路復旧の手伝いに行ったきり帰ってこない。ぼくはRock_It(ロケット)号のピストンやシリンダーを磨いたり、バルブの点検をしたりして過ごしていたが、一日も経たないうちにやることがなくなった。

 さほど多くない乗客のほとんどは駅前のおんぼろホテルに宿をとって、そっちへ移ってしまった。それで、駅長のカウフマンさんがやってきたとき彼の話を聞けたのは、ぼくとレベッカと、それに食堂車のコックだけだったのだ。


「君たちの列車が遅れるのを、キャピタルまで知らせるべきだと思うんだ」


「知らせるって、どうやって?」


 ぼくは食堂車の定食メニューをつつきながら訊き返した。


「駅の北側に岩山があるだろう? あの山――ブルズアイ・ヒルの尾根沿いに、東部のオールド・グラストンからキャピタルまでを結ぶ腕木通信の中継所があるんだ。普段は政府筋や軍の重要情報を扱うから一般人は立ち入り禁止だが、今回の崩落事故は例外として認められるはずだ。何と言ってもそちらのレベッカ嬢は、我らが平原鉄道(プレインライナーズ)の、未来の社長夫人ってことになるわけだしね――」


「え、ええ、まあそうね」


 レベッカは少し顔を赤くした。彼女はさっきまで、この間の騒動で使い果たした銃の弾薬を補充するために、客車のテーブルの上で紙製薬莢の実包を手作りしていたところだ。

 骨董品(アンティーク)の真っ赤な騎兵コートのポケットは、今や装弾の完了した回転弾倉が詰め込まれて膨れ上がっている。とんでもない「社長夫人」さまだ。


 乗客の把握や駅周辺との連絡のかなめになるため、カウフマンさんはじめ駅の職員は動けない。そもそも動ける人員のほとんどは崩落現場へ廻っている。

 とどのつまりが、腕木通信の送信依頼をしに行く役割は、僕とレベッカにお鉢が回ってきたというわけだった。 


 昼過ぎに出発したのはいささか失敗だったかもしれない。尾根までの道はひどく険しくて、ところどころに半割りの丸太が埋められてはいても、ほとんど何もない斜面を登るのと変わりがなかった。

 日差しがひどく暑い。二人とも駅から白鑞(しろめ)の大きな水筒を借りてきていたけど、のどの渇きと重さに耐えきれず、水はあっという間に半分になっていた――そのあとはできるだけ自重したけど。

 名前のわからないひねこびた灌木や、枯れかけたシナダレスズメガヤ(ウィーピンググラス)の根っこなんかを手掛かり足掛かりにして、風化したボロボロの岩や崩れやすい粘土の上を、汗だくになって歩いていく。少し平坦なところに出ると、僕たちはもう声を上げる元気も惜しんで、無言で進んだ。靴底が砂利を踏みつぶすざくざくという音だけが延々とこだまする。


 ふと後ろを振り返るとはるか下の方に、ノッチング・クロス駅とその周囲の町並みが、まるでマッチ箱を立てて並べたように小さく見えた。くすんだ色の赤い屋根、銀灰色に色あせた木材の色。その間を縫ってはるかに西へ延びた線路。レールは空の色を映しているのか、明るいブルーに輝いていた。


「ロッコ、あれ」


 不意にレベッカが声を上げ、前方やや上を指さした。今まで岩に隠れて見通せなかったその先に、大きな農家の敷地一軒分くらいの空き地があって、そこにレンガ造りの四角い建物が建っていたのだ。


「通信塔……これかな?」


「たぶん」


 腕木通信という言葉は知っていても、見るのは初めてだ。通信塔は一辺がおおよそ五メートル、高さが八メートル程度の大きさで、変哲もない二階建ての小屋のように見える。ただ、その屋上に実に奇妙なものがあった。

 木材と鉄でできた大きな柱と、水平に取り付けられた一本の腕木、その両端にはさらに一本づつの腕木が軸を介して取り付けられている。ところどころに滑車が取り付けられ、腐り止めのタールを塗った丈夫なロープがその間に張られているところをみると、どうやらこれらの腕木は屋内からの操作で自在に動かせるものらしい。


 塔の東側には小さな展望台のようなものがついている。カウフマンさんの説明では、隣の塔からの信号をここで望遠鏡を使って確認し、中にいる人間に伝えて腕木を同じように動かす――その繰り返しで塔から塔へ信号が運ばれるのだ。早馬や伝書鳩よりはるかに速く。


 だが、奇妙なことに塔の周りは静まり返っていて、しばらく見ていても腕木はまったく動く様子がなかった。


「なんだか変な感じだね」


「気味が悪いけど、近寄ってみましょう――ロッコ、あなたは後ろを見張ってて」


 そういうと、レベッカは腰のホルスターから例の大きな拳銃を抜いて、右肩の上に掲げてゆっくりと歩き始めた。ぼくはナイフの柄に手をかけると、彼女から少し遅れてあとに続いた。


 ドアの近くまで来ると、不意に吹いてきた風にあおられたのか、ドアがひとりでにばたん、と開いた。

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