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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第五回 旅の一幕企画(2018.7.28正午〆)
153/268

ラスベガスにて (中條利昭 作)

 エッフェル塔が見える。凱旋門もある。黒いピラミッドまである。

 どうやらあれはホテルらしい。ホテルということは、カジノもあるのだろうか。


 ここはアメリカネバダ州のラスベガス。

 ロサンゼルスから五時間近くバスに揺られて辿り着いたこの場所は、すべてが規格外の大きさだった。

「すごいね! おっきい!」

 聡子が目を輝かせる。バスの中でずっと外を見ていた私とは違い、ずっと眠っていた彼女は元気そうだった。

「うん、すごいね」

 私の手元には簡易的な地図があるのだが、それによると、この都市の道路は京都のように碁盤の目状になっている。しかし、縮尺がおかしい。ひとつのマスにホテルが三つも四つも並んでいるのだ。中には六つも並んでいるところさえある。それが、東京のビジネスホテルのようなサイズならともかく、ひとつひとつが城のように大きいのだ。

 道路や階段も広いし、標識も大きい。アメコミのコスプレをして観光客と写真を撮る男もでかいし、裸当然の格好で踊る女も孔雀のように羽を広げていて大きく見える。

 ところでこの地図の中にホテルは何十個あるんだろう、と数えていると、聡子が私の手を引いた。

「早く行こうよ」

「いいけど、どこに行く?」

「う〜ん。徒然なるままに歩こう」

 場にそぐわないセリフに、私は噴いた。


 カジノのスロットであっという間に十ドルが消えた私の隣で、聡子は「二ドル増えた!」と喜んでいる。スロットは勝てないようにできていると思っていた私は、素直に感動した。

「味に占めて帰国後にパチスロ通わないようにな」

「わかってるよ。精算どこでやるんだろ」

 マシンから精算用のレシートを取り出し、私たちは再び歩き出した。

 薄暗い空間だった。キラキラと輝くスロットマシンは、まぶしくはないが、まばゆい。

 多くのカジノはホテルのワンフロア全体に設置されている。ここではフロアの中央のあたりにディラーのいるテーブルがあって、いかにも綺麗な衣装をまとった美男美女らが賭けを楽しんでいた。ディーラーは私たちのようなみすぼらしい観光客には勝たせてくれるらしいので、稼ごうと思うならばそちらに行くほうがいいらしい。だがイカサマ対策で英語以外が禁止らしいため、なかなか近づけない。様々な人種のディーラーがいるので、日本人っぽい顔の人のところへ行けば日本語も使えるかもしれないが、貧乏な私にはやはり近寄りがたかった。

「ねえ」

 勝ち取った二ドルを財布に入れながら、聡子が私につぶらな瞳を向ける。

「元気ないね。疲れてる?」

「元気ないように見える?」

「うん」

「じゃあ、疲れてるのかも」

 疲れがあるのは間違いなかったが、元気に見えない理由は、きっとそれだけではない。

 そのことは言わなかった。


 私の旅の目的はグランドキャニオンだ。ついでにラスベガスを満喫するツアーがあったため、私はここにいる。もっとも、ラスベガスという都市への興味はあった。

 この場所はかつて砂漠だった。

 『ラスベガス』はスペイン語で『草原』『肥沃な土地』を意味する。

 砂漠の中の草原。すなわちオアシスだ。昔、ここから400km離れたバージニアシティで金鉱が発見された。ここはそこへ向かうための補給所だった。そしていつしか労働者たちの娯楽の場となり、華やかな発展を遂げていく。

 夜のフリーモントストリートは昼より明るい。頭上では吊るされた観光客がスーパーマンのように飛んでいる。右にも左にもカジノが賑わい、向こうではロックバンドがライブをし、カップルが腰でリズムをとっている。

 一時間ごとに電飾が消え、大量のLEDと音楽によるショーが始まる。457mに及ぶかまぼこ状の天井に映し出される、迫り来るような映像は圧巻だった。

 感動はするものの、私の心は晴れない。

「うすら寒い」

 その声は歓声に打ち消される。

 隣で興奮する聡子の耳にも届かない。

 ここはオアシスだった。金鉱を求めた労働者たちやホテルを造ったマフィアを始め、様々な人間の欲望と努力がこの都市を築き上げた。人間が大自然に勝ったのだ。それは素晴らしいことなのだろう。だが、私はそういったものがあまり好きでないのだと、今しがた気づかされた。

 私が移動中にほどんど寝なかったのは、車窓に広がる大自然に圧倒されていたからだ。一時間経っても景色の変わらぬ広大な地平線。水分の乏しい土地に生える短い木々。点在して生きる動物たち。彼らの生命力が、大自然の生命力が、私の心を揺さぶっていた。私は、こちらのほうが好きなのだ。

 人間の支配の匂いを楽しめる里子のことが、私は羨ましかった。私には煙たい副流煙でしかないものに興奮する聡子が、キラキラして見えた。

 私も、そういうふうに生きたかった。


 明日向かうグランドキャニオンはどのようなところなのだろう。どれほど私を興奮させてくれるのだろう。どれほど圧倒的な『人間の敗北』を見せてくれるのだろう。

 ホテルの使い捨てカードキーを弄びながら、私はベッドの上で微笑んでいる。

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