鉄味のヒトメボレ? (zooey 作)
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ぼくが二次元ではなく三次元、つまりはリアルな世界で初めて女性というものを意識したのは、中学一年生の時のことだ。まだ少しサイズの大きい制服を身にまとい、友人の住むアパートにやって来ていた。前日にぼくの家に遊びに来た彼は、忘れ物をしていったのだ。かなりキワドイ忘れ物を。自分の部屋にずっと置いておいては、たまたま掃除しにきた母親に見つかりかねない。そう思い、学校で渡してしまおうと、教科書やノートとともにかばんに詰め込んで行ったのだけど、運の悪いことに彼は休みだったのだ。そのせいで、わざわざ彼の自宅まで届けに来るはめになってしまった。
インターフォンを押す。ピンポーン、という音が、急いたぼくの耳にはいやにのんびりと響いた。続けて、ちゅんちゅんちゅん、とどこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。涼風が、ゆったりとぼくの火照った頬をなでていく。かばんからガサゴソと「忘れ物」を探し出すと、ぼくはドアへ目を向けた。透視でもしようとするみたいに、眉間にぎゅっと力を入れて凝視する。しかし、そんなことをしたって、当然向こう側は透けて見えないし、それどころか、ドアはひどいくらいに落ち着いた様子で、早くしてくれとドギマギしているぼくを見つめ返してくる。開く気配なんて、ちっともしない。
くそ、早くしろよ......。
頭の中で毒づいたその時、なんの前触れもなく、ドアが大きく開いた。突然のことに全く反応できず、ぼくは間抜けにも顔面にドアの直撃をくらってしまった。
「いってえ......」
自分の声が、わんわん鼓膜に響いてきて、両手で押さえた鼻は言葉通りにじんじん痛んで。クッソォォォ! と声にならない怒りを頭の中だけでわめいて、文句のひとつでも言わなくてはと顔を上げると――
一気に周囲のものが遠のいた。さっきまで、はっきりとあったはずのひんやりとした風も、種類なんて知らない鳥の鳴き声も、鼻の痛みも、すべて曖昧になってぼくから離れていった。ぼくの両眼は、すぐ前に立つ女に釘付けで、もう他はなんにも、目にも耳にも頭にも、入らなくなってしまったのだ。時間さえもどこかへ飛んでしまい、すべてが止まったかのような長い長い瞬間、ぼくとその女は見つめあった。
か、かわいい......。
驚くほど白い肌に、ちょっと濡れて見えるくらいに艶やかな黒髪。その長い髪は片側に寄せられていて、反対側の耳からうなじにかけて残った後れ毛が、なんだかすごく色っぽかった。髪よりも薄い色の太眉に、はっきりとした大きい目。モノトーンの色あいの中で、ピンク色の唇がとても鮮やかだった。
「なんですか? って言うか、大丈夫?」
その言葉で、すべてが動き出した。
はっとしたぼくの脳みそに、現状が鋭く切り込んでくる。ぼくは鼻を押さえていたのだけど、意識が視覚に向いた途端、自分の手が真っ赤に染まっていることに気がついた。鼻血だ。しかも、さっきかばんから取り出した友人の忘れ物――エッチな絵がたくさん載っている二次元アイドルの画集を血濡れの手に持ったままだったのだ。両手で顔の中心を覆っているせいで、彼女の方に画集を向けた状態になっている。
あまりのことに、ぼくの心は絶叫した。
しかし、それだけでは終わらなかった。鼻血を流しながらエロい画集を堂々と突き出したぼくが、このきれいなお姉さんの目には、一体どう映ってしまうのか。それを思うと全身の血が沸騰するかのようだった。そして――
「ぼくは変態ではありません!!」
気づいた時には口走っていた。二度目の絶叫。
頭の中では、なんだかよく分からないものが無数に飛び回っていて、そのうち風船のように膨らんでパンクしそうな気さえした。すごく遠くの方で、自分の歯がガチガチいっているのを感じる。
ぼくはその場から走り去った。そうしなければ、またとんでもないことが口から飛び出すかもしれないし、何より本当に頭が爆発してしまいそうだったのだ。他にどうしようもなかった。
アパートからダッシュで逃走し、ふと立ち止まった時、 友人宅は彼女の家の向かいだったということに気がついた。口の中の鉄の味に意識が留まると、涼風が、ゆったりとぼくの火照った頬をなでていった。