星界の見える塔に立ち (奥沢 一歩 作)
「嵐の……結界が……切れるぞッ」
先頭を行く斥候役のガルフが叫んだ。
凄まじい風圧と肉体を削る勢いで叩きつけてくる砂の乱舞に声が飛ばされていく。
高さにして5000メルテを超える超特大の砂嵐がいつも幾条も連なって竜のように舞い踊る通称:ドラゴンズ・ネスト。
そのなかに細く張り巡らされた断崖絶壁の回廊を潜り抜け、ついにオレたちは辿り着いたのだ。
バッ、と結界を抜ける音がした。
途端に、恐いほどの静寂と強い陽の光がオレたちを包み、照らし出す。
こちらとむこう、その境界線を挟んでほんとうに線を引いたように……景色が違う。
砂から目を守るために着用していた特製のゴーグルを引き剥がすのももどかしく、オレはガルフとともに腰に結びつけておいたロープを引いた。
「よしっ、来いッ! イオッ!! ドルカスッ!! ゾフィ!! ウル!!」
オレ=ハルトとガルフの牽引によってまず、ウィザードのイオが現われた。
馴れない重装備に長距離行軍。
頭脳労働担当を標榜する彼女には相当、堪えたはずだ。
嵐の結界から出るや否や、四つんばいに倒れ込む。
「えらいぞ、イオ。よく頑張ったッ!!」
「ハルト……もう……二度とアンタとは旅なんかしないわ」
口に入った砂を吐き出そうとして出来ず、イオは革袋から水を含んで口中を洗う。
うげえ、という呻きとともにしこたま噛んだ砂を洗い流す姿は、頭脳明晰にして容姿端麗で通った魔女からとしてはちょっと他人には見せられない痴態だろう。
その後から、巨漢が結界を抜けてきた。
ドルカス。
オレたちのパーティーの戦闘時の要。
巌のごとき肉体に常人では身に着けることさえ難しい特注の重甲冑をまとい、巨大なシールドと重砲斧で戦う。
その姿はまさに人間要塞、といった感じだ。
だが、戦場を離れれば心優しき好漢であることをオレたちは知っている。
そして、彼の小脇に抱えられてゾフィの到着だ。
辿り着いた光景のあまりの偉容に目を奪われたドルカスが、全身に溜まった砂を払うより先にゴーグルを外そうと彼女を放り出す。
むぎゅ、という悲鳴なのかなんなのか判別しがたい音を立てて彼女は墜落した。
普段であればドルカスもこんな乱暴な扱いを彼女にしたりはしなかっただろうし、したとしてもすぐに気がついて謝罪したはずだ。
だから、それほどにいま、オレたちが見ている光景は常軌を逸していたんだ。
「ひどいですう」
よろよろと立ち上がるゾフィはマントを外して法衣姿になる。
どさあ、と溜まっていた砂が同時に落ちた。
目深に被っていたフードが取り払われ、特徴的な頭部があらわになる。
光の輪。
宗教絵画のなかに現れる天使と同じ輪を彼女は持つ。
そして翼も。
天使みたいだ、とつぶやいたオレに「天使ですう!!」と初めてのとき彼女は怒った。
いまではよい思い出だ。
「ドルカスッ、そこで立ち止まるなッ!! 退いてくれッ!!」
そして、殿を務めてくれていた最後のメンバーが到着した。
漆黒の鎧に闇色のマントで身を固めた暗黒騎士。
オレ、ハルトの親友にして喧嘩仲間のウルだ。
投げ掛けた言葉を聞いているはずなのに仁王立ちのまま動かないドルカスをなんとか避けてウルは嵐の結界を振り切った。
いまいましげにゴーグルをむしり取る。
それから、同じく、巨漢の横に立ちすくんだ。
「なんだ、」
「これは、」
異口同音にメンバーの口から感想が漏れる。
「ぶったまげたぜ……オレァ、てっきりオヒレハヒレのくっついた伝説だと思ってたぜ、マジに見るまでは」
この攻略メンバーに選出されるまでは盗掘商の首領をやっていたガルフが腰を抜かす勢いで口にしたセリフが、すべてを言い表しているだろう。
ザ・ピラー。
文字通り、天を貫く超古代の遺跡。
一説によればその先端は星界に届くと言われている。
いま、ずいぶん離れた場所からそれを見上げても、先端が見えない。
いつか、教会の壁画で見た、なんとかっていう塔。
神の怒りに触れて打ち倒されたという、それ。
その記憶を彷彿とさせる光景がそこには広がっていた。
石なのか、あるいはそれ以外のなにかなのか。
そもそも、どんな石材ならばこんな途方もない偉業が成し遂げられるというのか。
陽の光を照り返し、純白に輝くそれはオレたちの想像など意に介する様子もなく、ただ厳然と屹立していた。
視界を巡らせば、嵐の結界の内側は砂漠が大きく落ちくぼんだクレーター状になっていて、そこにザ・ピラーは突き立っているのだ。
その足下にはいくつもの立像がある。
湿気が極端にすくなく、陰影のハッキリとつくこの気候・天候では現実感を失って見えるが……そのどれもが、高さ数十メテルから巨大なものは数百メテルはある神々の姿だ。
だが、まったく巨大だとは思えない。
ザ・ピラーがひたすらに、桁違いに大きいのだ。
そして、いまから、オレたちは、あそこで世界の命運を賭けて戦う。
「そうか、オレたちは……あれに、登るのか」
そのウルのつぶやきが、オレたちの想いの全てを集約してくれていた。