事実のみを伝える (しまうま 作)
コンビニの雑誌コーナーへ向かうと、漫画雑誌が大量に並んでいた。すべて同じ、若い水着の女性がぎこちなく笑う表紙だった。私は雑誌を持ち上げ、名前を確認した。雑誌の名前は探していたもので、女性の名前には覚えがなかった。目的の雑誌と缶コーヒーをひとつ、手に取った。
レジに並び、ポケットから財布を取り出した。缶コーヒーと雑誌はそれぞれのバーコードをスキャンされ、ビニール袋の中にひどく不安定な様子で収まっていた。会計を済ませ、釣り銭を受け取ると、そのうちの何枚かを募金箱に入れた。慈善活動に興味があるわけではなかった。中途半端な金額を要求する消費税というものに、私も財布も未だに慣れていないだけだった。
コンビニを後にして、喫茶店へ向かった。ドアを開けるとカランコロンという鐘の音が響いた。鈍い音だった。薄暗い店内には、時間が経過するほどに価値が下がっていく種類の骨董品が飾られていた。この店の中にあるのは、輝きを失い、くすんでいる物ばかりだった。メニューを開くことなく、この店に相応の値段のモーニングを注文した。
目玉焼きとトーストとウインナーが、コーヒーと共に運ばれてきた。目玉焼きは卵を焼いて、塩を振りかけた味がした。それ以上でもそれ以下でもなかった。これはこの店の数少ない美点だった。余計な装飾で膨らまされた見せかけの価値は、ここにはなかった。
味のしないトーストを口に運び、私は友人であり、仕事の上でのパートナーであった男のことを考えた。昨日もこの店で仕事に進展がないことを確認し、食事を終えるとそのまま別れたのだった。特別なことは何もなかった。友人が死んだという連絡を受けたのは夜になってからだった。交通事故だという話だった。
最初は同僚だった。独立して事務所を立ち上げることになったとき、パートナーに格上げになった。それからはほとんど毎日、この友人と顔を突き合わせることになった。長い付き合いだった。家族以外で、一番多くの時間を共にした人間だった。
この友人の死が私にとってどのような意味を持つのか、連絡を受けてから、私はそのことについて考えていた。私は友人が死んだということに、友人が死んだという事実以外の、なんの意味も見いだせなかった。わめき散らし、涙を流すような感情は見つけられなかった。そのこと自体が何を意味しているのか、私にはわからなかった。
コーヒーと共に流し込むことで、口の中に残ったトーストをようやく処理することができた。この店の薄いコーヒーは、こうした重要な役割りを担っていた。ただ薄いだけではなかった。
私の目の前には、先程コンビニで買ったビニール袋が置かれていた。雑誌と缶コーヒーは、やはりひどく不安定な様子で、ビニール袋の中に収まっていた。缶コーヒーが僅かに転がり、コトリと音をたてた。
コーヒーを飲み終えてカップを空にしても、私の前の席に誰かが座ることはなかった。こうしてひとりでこの店での食事を終えるのは、久しぶりのことだった。正面の棚に小さなマトリョーシカが飾られているということに、私は初めて気がついた。くすんだ色彩の、ごく普通のマトリョーシカだった。鮮やかに色づけされたマトリョーシカというものは、私は見たことがなかった。
伝票を手に取り、会計へ向かった。この店にひとりだけのウェイトレスが、ゆっくりとレジへと回り込み、それから視線を彷徨わせた。
「あの、あれは忘れ物ですか?」
テーブルの上にはコンビニのビニール袋が置かれたままだった。あれをなんのために買ったのか、どうするつもりだったのか、うまく説明することはできなかった。口を開こうとして、やはり考えがまとまらず、事実のみを伝えることにした。
「あれは私には必要ない。ゴミ箱にでも捨ててくれ」
ウェイトレスは不思議そうな顔をして首をかしげた。自分が口にした言葉に、事実以上の、何かが含まれていたように思えた。確かめるように、私はもう一度言った。
「私には必要のないものだ。捨ててくれ」
ウェイトレスはぼんやりと頷いた。会計を済ませて店を出るとき、テーブルへウェイトレスが向かう姿が見えた。言われたとおり、ゴミ箱に捨てるつもりのようだった。カランコロンという音をたてて、店のドアが閉まった。
道を歩きだし、私はいま出てきたばかりの場所を振り返った。ガラスの向こう側では、ゆっくりと腕を伸ばし、ウェイトレスがビニール袋を掴むところだった。
あの缶コーヒーと雑誌は、私にはもう必要のないものだ。