あの日、あの時。あの場所。 (玉藻稲荷&土鍋ご飯 作)
作者の作品にも同様の物を公開しております。
『今日も遅くまでなのですね』
彼は言葉少ないがやる気に満ちた人だった。私の開発に携わっている沢山の人々の中、私自身――私という人格の根幹に関わる部分に、一番密に関わっているのは彼だった。
『ねぇ。タクミさん』
「なんだ相棒」
私の名前は【TK6300―アルファ】。だけど、彼はずっと私を相棒と呼ぶ。他の方はそもそも私を人格として認めていない。何故なら私はこの戦闘用超弩級艦の中枢を司るコンピューター。仮想人格AIだ。船をこの宇宙空間で最適に動かす以上の事は本来求められていない。だから何故私にそこまで肩入れして、毎日の様に話しかけてくるのかは分からない。
「あのな。人でも機械でも愛情を注いでこそ、成長するってもんなんだよ」
この言葉はこの時の私には上手く理解出来なかった。きっとまだ未発達の感情面だったのだろう。
タクミさんが少しずつ話してくれた事によると、ここは通常の宇宙空間ではなく【亜空間】と呼ばれる位相のずれた空域なのだという。通常は長距離移動をする際に、光速を超える効率的な距離を移動が出来るのでトンネルの様に使用している。それをまさかこういった運用方法をしているとは【敵】も気付かないだろう。そう話してくれた。
【敵】。私にはよく分からなかったが、それは有事の際にはすりつぶし叩きのめすのが第一目標と言われている。だからなのか、タクミさん以外の人々はいつも私に話す時、殺伐としているというか、恐ろしげだった。
「TK6300―アルファ。お前が完成すれば戦争は終わる」
「アルファ。家族の仇の為に、お前が進水すれば敵はもう為す術もないだろうな」
タクミさんだけは、自分の家族の事、今日は何を食べたか、母星に残した家族の事。そんな事を話してくれた。
そして遂に私が八割完成するという頃、船内に異常警戒のアラートが鳴る。まだ使われていない新品のブリッジで、本来は艦長が座るはずの場所に造船主任が座り何やら叫んでいる。しばらくどこかとやり取りをしていたと思うと、不安そうに集まった造船スタッフを見渡して告げる。
「この場所がばれた。座標が割れたらしい」
一気にざわめく船内。そう、この方たちは戦う為の人々ではなく、あくまで開発者、造り手なのだ。もし【敵】に襲われたら武器一つまともに使う事は出来ない。――この人たちだけならば。
「主任。テスト用にエネルギーは充填してあるんだよな。後、脱出用の救命ポッドも人数分は優にあるよな」
タクミさんはいつもの様に飄々とした雰囲気ながらも、どこか背筋を伸ばして言葉を放つ。それを聞いて主任他数名がすぐに答えを返す。
「テスト用だから、精々が出力40パーセントで二発までだ。救命ポッドはいざという時の為に数は十分にある」
「そういう事なら、やるしかないじゃないか。なぁ相棒」
突然顔を上げて、天井を見つめるタクミさん。そう、私なら出来る。そうインプットされているのだから。
『総員退避。これは訓練ではない。荷物を持って後部甲板へ。繰り返すこれは訓練ではない』
船内から人の気配が減っていく中、私は本来の任務【敵の殲滅】をしなければならない。ただし、先に言われた通りエネルギーは少ない。確実に当てて相手を撃沈させるか、最悪は相打ち狙いで特攻するか……。その時通信が入る。救命ポッドの一つからだ。
『相棒。緊張してるんだろ』
これが緊張なのだろうか。身体は、船体はどこか小刻みに揺れて私の思考もまとまらない気がする。少しの沈黙に笑った声が聞こえる。
『大丈夫だ。殲滅しなくてもいい。相手の規模が分からないが、ここまで来たからにはかなりの武力だろう。一発で落とせるとは限らない』
それでは私の存在理由が、第一目標が完遂出来ない。
『だから逃げるんだ。戦略的撤退。お前さんも使える亜空間航法で、さらに座標を移動するんだ。お前さんが捕まらない事が相手には一番の痛手だからな』
そんな方法があったなんて。さっきまでの思考ルーチンの混乱が落ち着いていき、そしてクリアになっていく。
『俺たちは母星に戻り次第必ず戻ってくる。必ず誰かがお前さんの所に戻ってくる。だから、それまで逃げるんだ。愛してるぜ相棒』
時間切れだ。救命ポッドが次々に射出され、通常空間に転移していく。もう音声は届かない中、メッセージだけがタクミさんから届く。
『武運長久を、また会おう タクミ』
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我が国は、相手国の戦闘用超弩級艦の開発の情報を掴み、亜空間内へと侵入した。極秘裏に手に入れた座標に到着した瞬間。この世の終わりかと思える様な光芒が我らの艦隊に向かって放たれ、単縦陣の一翼の駆逐艦が数隻消滅した。恐るべき威力であった。だが、彼の戦闘用超弩級艦はそれを撃った直後に転移。未だもって彼の船の居場所は掴めていない。あれが主戦場に出る前に戦争が終結した事が、我が国の最高の幸運だったのだと今でも感じて止まない。
終戦四十年誌 追憶の果て より