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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第一回 ヒトメボレ描写企画(2017.3.25〆)
13/268

鈴木さん (青月クロエ 作)

※作者本人ページでも同作品の改稿版を公開しています。

 約束の時間まで大分ある、だなんて。

 昼寝をしたのが大失敗だった。 

 

 ふと目を覚ませば、窓越しに映る空は茜色に変わり、太陽は西へと沈み――、つまり、とっくに約束の時間は過ぎていた。

 スマートホンの着信履歴には二回、あいつからの連絡が。


「やっべぇ……。あいつ、絶対怒ってるだろうな……」


布団から飛び起きた僕は、着の身着のまま部屋を飛び出し、あいつが暮らすアパートへと全力で自転車を走らせた。

 

 アパートに到着するなり、日に焼けた石壁へ放り出すかのように自転車を立て掛ける。

 直後、ガガガッと嫌な音を立てて自転車が倒れていく。

僕は気付かない振りをして、錆びついた鉄製の階段をカンカンと踏み鳴らし、二階まで急いで駆け上がる。同時に、更なる問題が発生した。


「えーっと……、あれ、202か203どっちだったっけ……??」


 塗装の禿げたトタン壁に、等間隔で設置された五つの扉の前を、うろうろと何度となく往復する。

 あいつに電話すればいいだけの話だけれど、時間に大幅に遅れて到着した上に部屋番号も忘れた、となったら、長々と説教されるに違いない。

 でもなぁ、どうしよう……、と、後ろ手でズボンのポケットを弄ってはスマートホンを取り出すかどうか、しきりに迷っていた――、が。


「……ん??『202 鈴木』……」


 扉上部――、申し訳程度に貼られた表札に視線を巡らせた時、僕は取り出しかけていたスマートホンを再びポケットに押し込む。

 あいつ――、鈴木の部屋は202だ。


 

 ピンポーン――


 ボロアパートの癖に、ドアチャイムの音だけはやけにでかいな、などと驚いている間に、ガチャリと扉が開く。

 濃厚で甘ったるい香水の香りに鼻腔を刺激され、僕は間違いを犯したことに気付かされた。

 

 ドアチェーンは外さないまま、控えめに開けられた隙間から僕を見上げているのはあいつ、ではなく。

 猫みたいに吊り上がった大きな瞳を持つ、若い女性だった。

 

 化粧を一切していないせいか眉毛が薄く、少しぼんやりした目元だが、目付きや視線がやけに鋭い。

 緩くウェーブがかった髪は長く、金に近い茶色で根元はちょっとだけ地毛が伸びていて黒い。

 ゆったりしたスウェットに、素足にサンダルという格好ながら、だらしなく見えないのは顔立ちが整っているからか。

 気怠そうなのに、どことなく自分に自信ありげな雰囲気から推測するに、外出時は化粧も服装も派手なタイプ、かもしれない。


「あ、あの……」

「………」


 大きな猫目を細めたかと思うと、射貫くような、非難がましげな視線を無言で突きつけてくる。

 鋭い視線に絡めとられた僕は、がちがちに固まって身動き一つ取れない。


 ぽってりと柔らかなそうな唇から、痛烈な罵倒の言葉を浴びせられるのか。

 はたまた、華奢な掌で頬を張り飛ばされるのか。


 緊張、恐怖心を通り越し、ある種の覚悟すら抱き始めた僕に、その人は、少し掠れた仇っぽい声で一言、ぼそりと漏らした。


「……宅配便の人、じゃない……??」


 呆然と呟いた後、跳ね上がった眉尻と目尻が引き下がり、白い頬がみるみる内に朱に染まっていった。


 つい先程までの威嚇じみた表情から一転、おろおろと狼狽える様――、表情の落差に、図らずも僕の目は奪われた。

 僕の食い入るような視線を感じ取ると、彼女の頬は益々赤らみ、居心地悪そうに身を竦めていく。


 間違えて扉を開けたことに、対してか。

 気を抜き切った姿を見知らぬ他人に見られたことに、対してか。


 どちらにせよ、羞恥に身悶え、もじもじと身じろぎすら始める姿に、思わず抱きしめたい衝動に駆られた。


(いやいや、さすがにそれはやっちゃならん!変質者認定されて警察に突き出されるわ!!)


「えっと……」


 とりあえず、謝罪なり何なり、何か喋らなければ、と、喉の奥から振り絞るように言葉を発しようと―――

 

 バタン!!


 唐突に、僕の鼻先擦れ擦れで乱暴に扉が閉められた。

 今の今まで僕の視界は彼女の姿だけが映り、音も景色もない静寂の世界が終わりを迎える。


 目の前には、年季の入ったトタン壁と、壁と同じく塗装がところどころ剥げ落ちた白い扉。

 電球が切れかかっているらしい、ポカポカと点滅しながら頭上を照らす照明器具に、黒い羽虫達が集まっている。


「お前さぁ、何間違えてんだよ」

「うるせー。まさかお前のお隣さんも鈴木だなんて知らねーし」


 彼女の部屋と入れ替わるように開かれた、右隣の部屋の扉からあいつ――、ニヤニヤと含み笑いを漏らす鈴木に腹を立てつつ、心臓はまだ痛いくらいに早鐘を打っている。

『鈴木さん』の恥ずかしそうな赤い顔が、脳裏に浮かんでは消えを何度となく繰り返され、浮かぶ度に僕の頬が、胸が、カーッと熱を帯び始めた。


(了)

2017/12/03 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記

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