「じゃあな」 (観月 作)
※作者本人ページでも同作品を公開しています。
相棒といえば、一緒に仕事をする仲間とか人生のパートナーとか、そういった「人間」のこと指すのだと思っていた。けれども人間っていうのはおかしなもので、話もしなければ呼吸すらしない――単なるモノを『相棒』なんて呼んだりする。
例えば仕事道具だったり、趣味のために必要な物だったりだ。
そんな無機質な道具の中で『相棒』と表現される一番の代表格といえば、自動二輪――オートバイというやつではないだろうか。
黒革のジャンパーとパンツに身を包み、メタリックのボディに跨って走り出す。空を切り裂き、俺と相棒はいつしか風になる。
『相棒』という言葉に込められるのは、命をあずけるという感覚なのだろうか。
そして人は、ときにその相棒に名前までつけてしまったりするわけだ。
俺の名前は『颯介』相棒の名前は『風太』
俺たちはいつでも一緒に出かけ、日本中のいたる所をともに駆けた。
ある時は鬱蒼と茂る緑のワインディングロード。
ある時は視界を遮る白い雲の中。
ある時は海岸と平行して真っ直ぐに走るハイウェイ。
相棒と一緒に野宿をしたこともある。
たまにショップの主催するツーリングに参加することもあったが、大抵は相棒と二人旅だった。
それがここ一年ほど、長い髪のライダーとともに走ることが増えてきた。
彼女の相棒は、ブラックな車体に所々メタリックな赤のラインが入っている、美人なバイクだ。
暗いうちから砂浜に二人並んで座り、ぷかりぷかりと煙草を吹かしながらぼんやりと日の出を見ることもあったし、峠に、ただ美味い蕎麦を食うためにだけ出かけるということもあった。
だから、彼女とはいつまでも一緒に走り続けられるものだと、いつの間にかそう思っていたのだ。
「私、田舎に帰るの……」
最後に会った時、彼女は彼女の相棒を手放していた。
「もう、煙草もやめるわ」
ショックだったのだろう。
ぼんやりすることが多くなり、仕事でもミスが増え、それ故に残業が増える。帰りが遅くなる。遠出することも減っていた。
その日も、仕事を終えて家に帰る時には、もう真夜中といっていい時間だった。
『よう風太。最近家と職場の往復ばっかりだよな』
話しかけるが、相棒からの返事はない。
『明日は休みだし、たまにはどこか走りに行かないか?』
誰もいない駐車場。
ドゥルン……ドルドルドルドル……。
エンジン音だけが、やけに大きく聞こえる。
俺たちは夜の街へと飛び出していく。
国道を北上するいつものルート。
普段は交通量の多い国道も、夜中となると走っている車の台数はかなり少ない。
ついついスピードが出てしまい、ビルの灯がヒュンヒュンと後ろに飛び退っていった。
目の前の信号が黄色に変わる。
スピードは落ちない。
このまま通り過ぎるつもりだ。
けれど、右折しようとするトラックがいる。
『出てくるなよ!』
俺は、こちらへ向かってくるトラックに向かって叫んだ。
トラックは、完全にこちらのスピードと距離感を読み間違っている。思っているより俺たちのスピードが出ていたのだろう。
このままではぶつかる。
『さよならだ、風太!』
俺はメタリックのボディを震わせると、背中にまたがる風太を振り落とした。
勢いもそのままに交差点を超え、縁石の向こうのビルの前まで飛んで行く風太。
俺の目の前には小山ほどの大きなトラックが迫っている。
『じゃあな』
俺はトラックの車体の下へ吸い込まれていきながら、風太へと意識を走らせた。
小さく動いている姿が見える。
よかった。生きていた。
「颯介!」
最後に聞こえたのは、確かに相棒の声だったのか……。
――END――