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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第四回 サヨナラ相棒企画(2018.3.24正午〆)
122/268

彼女ができた (中條利昭 作)

『彼女ができた』


 ゆうが見せてきたのは、スマホの画面に書かれた七文字だった。シンプルで味気ないが、異性が苦手だと言っていた彼が一歩踏み出したことを示す言葉でもあった。


「おめでとう」


 いつきは微笑し、軽く頭を下げる。すると、緊張した面持ちだった祐も、少しはにかんだ。




 話がある、と祐が言ったのは、大学生活最後の授業を終えた放課後だった。樹は友達と輪になって喋っていた。他にもいくつかの集団が小さな島のようにして丸くなり、思い出話にふけっている。四年間も一緒にいて今さら積もる話もないだろう、と思っていたが、次々と「実は俺、」などと話題が掘り起こされていく。

 祐に話しかけられたのは、トイレに立ち、用を済ませて手を洗っているときだった。後ろで扉が開いたと思ったら、肩に触れられた。その手が祐のものだとは判ったが、突然のことに驚いてしまい、びくりとしてしまった。


「驚かせちまったか。わりいわりい」


 いつものように明るく振る舞う祐だったが、その言葉の端に少し硬いものがちらついていた。


「話がある」

「わかってる。わざわざこんなところで話しかけて来て、なんの話もないわけがない」

「相変わらずクールだな、樹は」

「相変わらず非常識だよ、祐は」


 祐と出会ったのは入学式の翌日だった。まるで旧来の友達だったかのように周囲の人間と仲良くなっていた彼は、人見知りの樹には輝いて見えた。光と闇。自分とは交わることのない人種なのだろう、と。だから、そんな彼と『相棒』と呼べる関係になるとは、当時は思いもしなかった。

 いつか彼は少し照れるようにして「異性が苦手」と言った。溌剌な彼のその発言は意外だったが、言われてみると女性をナンパするような素ぶりを見せたことはなかった。

 樹も異性が苦手だった。異性が苦手なもの同士、波長が合ったのかもしれない。


「話をするのはいいけど、ここは嫌だから移動させて」


 樹は廊下へ顔を出し、誰もいないのを確認して祐と外に出た。だが、廊下は音が響いて話しづらい。祐がトイレの外で待たずにわざわざ入ってきたのも、そのためだろう。彼らは賑わっている講義室へ戻っていた。


「これくらいガヤガヤしてると、逆に二人きりになりやすいな」


 祐の笑顔は、やはりどこか硬い。


「で、話ってなに? 真剣な話?」

「ああ。口に出すと周りに聞こえるかもしれねえから、こうしようか」


 祐はスマホを取り出し、LINEを開いた。いつだって笑顔な彼には珍しい、真剣な横顔だった。樹のページへ行き、文字を打ち込む。それを送信するでもなく、直接樹に見せた。


『彼女ができた』


 ああ。と思う。そんな気はしていたのだ。


「おめでとう」


 ここひと月ほどの間、彼がスマホに文字を打っているのを見ることが増えた。控えめに言って、祐は馬鹿だ。秘密にしている素ぶりがあったくせに、樹が隣にいるときも、時々そうしていた。そのため、その画面がLINEであることも、その相手の名前が女性であることも、仲睦まじそうであることも、見えていた。


「そんな気はしてた。バイト先の子?」

「うん」


 一度「それ、だれ?」と聞いたことがあった。彼は動揺した様子もなく「バイトの子」とただの事実を述べるように言った。その様子からなんとなく、ただの友達ではないな、という予感はしていた。


「そんな気、してたのか」

「ぷんぷんしてた。まだ付き合ってはないだろうな、ってところまで、なんとなく判ってた。で、そろそろ付き合い始めるかな、とも」


 話がある、と言われたときは狭い部屋に残されたような閉塞感がしたものだった。


「それなりに長い付き合いだから」


 たった四年。されど四年。彼がいなかったら、人付き合いの苦手な自分はどうなっていただろう。孤独だったのではないだろうか。


「だな。相変わらず樹は優しいなあ」

「祐は相変わらず破天荒で、馬鹿で、クズだね」


 樹は地元へ就職する。祐は都会へ旅立つ。そう簡単に会える距離ではない。お互いそのことを判っていながら、あえて話してこなかった。会えないことを意識するのが怖かったのだろう。このご時世、いつでもどこでも連絡を取り合えるし、声を聞くことだってできる。でも、そのような関係をずっと続けていけるのだろうか。いつか、自然とその糸が千切れるのではないだろうか。

 空へ伸びた糸が千切れ、孤独に落ちる。それを意識することが、怖かった。


「長いけど、短かったね」

「ごめん」


 祐との思い出が蘇る。酒に酔った勢いで結婚届を差し出されたこと。勢いでハンコを押してしまったこと。親に反対されつつも、友達に祝われながら式を挙げたこと。

 思い返すほど、馬鹿馬鹿しいことばかりだった。


「まだ子供作ってなくてよかった」

「それな」


 予感があったとはいえ、さすがに離婚届までは用意してない。取りに行かなくちゃ、と思った途端、祐が自身のバッグを漁り始めた。

 お父さん、お母さん。ごめんなさい。こんなクズ男に捕まってしまって。

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