Change the World (Veilchen(悠井すみれ) 作)
参考資料:川端康成『雪国』(新潮文庫)
『雪国』の冒頭は正確には「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」ですが、「そこは」を入れた文が人口に膾炙してしまっているため、また、視点人物が作品を真面目に読んだのではないであろう少年のため、あえて本来と異なる文にしました。
お題を見た時に「知らない人がピンポンしてたら普通はドアを開けない」と思ったので、そこを解決できるシチュエーションを考えました。子供は友達の家なら勝手に開ける!
トンネルを抜けるとそこは雪国だった、って。国語の授業でやったのを思い出していた。昔の文学作品なんかには興味はなかったけど、とにかくぱっと違う世界に飛び込んだような感じなのだろう、ということで浮かんだんだった。
ちょうど異世界に迷い込んでしまったような気分で、混乱していた時だったからだと思う。アニメや漫画やゲームでもそんな設定はよくあったはずだけど、そういうドラマチックな話よりも、何ていうかもっと――何気なく、不意に。そして日常から、違う世界に紛れ込んでしまったような気がして。それで思い出したんだろう。
トンネルならぬ扉を開けると、雪国ならぬ異世界だった。
何度も訪れていたはずの友人の家、だから呼び鈴を押すのも形ばかりのこと、いつものように返事も待たずに玄関のドアを開けてしまったのだった。今になって振り返れば、友人の母にはさぞ躾のなっていない子供だと思われていただろうけど。自分の母に対しても、申し訳ないような思いもあるけれど。でも、あの頃はそれが日常だった。
その日に限っては非日常が扉の向こうに待っていた訳だけど。
目の前に広がる光景、その家の造りは、大まかなところでは友人の家とそっくりだった。
黒っぽいタイル。上がりかまちは飴色の木材。入って右手には備え付けの靴箱が。そこまでは、同じ。でも、友人の家の靴箱の上には、家族の写真が飾られていたはず。あとは、友人が図工だか書道だったかで取った賞状。でも、その時そこには重そうな花瓶が置いてあった。活けられた花の花粉が鼻を刺激して、そのむずむずする感じも落ち着かなかった。
よく似ているのに、でも、絶対に違う。
混乱して視線を逆の方に彷徨わせれば、やはり友人宅にはなかったはずの外国の風景画が掛かっていて。違う世界に迷い込んでしまったのでは、なんて恐怖がパニックのように襲ってきた。
よろめくように正面を見れば――二階、友人の自室へと続く階段があるはず。友人の家なら、端に漫画本が積んであったような――
でも、階段の様子を確かめることはできなかった。呼び鈴を聞いて出てきたのであろう、その家の――どの家の? ――人が、視界を塞いでいたから。
「ええと……だあれ……?」
白い素足が浮き立つようだったのを覚えている。ということはあれは夏の時期のことだったのかもしれない。とにかくその白さ細さにどぎまぎして目を逸らすと、やはり細い手と肩が目に入って。その肩にかかるさらさらとした髪、軽く傾げられた首、それから顎のライン。細かいところはついさっき見たことのように思い浮かべることができるのに、全体のイメージはいまいちはっきりとした像を結ばない。その人の――彼女の、顔も。覚えているのは、鮮烈な印象だけ。
ああやっぱり違う世界だ、と思った。これが今までと同じ世界な訳がない、と。
あの一件で教訓にすべきことは幾らでもある。
新興住宅地ではそれぞれの家の見た目も造りも良く似通っているとか。だからうっかりした子供が目的の家を間違えても仕方ない、とか。それから、親しき中にも礼儀あり――表札はきちんと見るべきだしインタホンは答えを待つべきだった――ということ。同じ学区に住んでいても同じ学校に通っているとは限らないし、知らない子に出くわしたとしても不思議じゃないということ。
でも、何よりも深く刻まれたことは。世界が変わったと思うような一瞬、そんな出会いもあるということ――なのかもしれない。
2018/05/23 作者名変更のため更新