(雨読 作)
「頼んだぜ、相棒」
そう言い残した禿げ上がった頭に、一発の銃弾をぶち込む。無駄弾は許されない。一撃で仕留める。それがファミリーの流儀である。暗殺者の腕を示すことは、ファミリーへの畏怖に繋がる。
標的にとっても悪い話ではない。無駄に苦しまずに済むのだから。
大概の輩は苦痛の表情を浮かべる前に死ぬ。大抵、間抜けな面食らった顔で死ぬ。だがこいつは違った。
こいつの最期は不細工な笑顔であった。
今から自分を殺そうという相手に、とんだ笑顔を向けやがった。
これは呪いだろう。
こいつの死に様は脳裏に一生こびりつく。
今際に爪痕を残していきやがった。
期待はしてなかったが、最期の最期まで碌な人間じゃなかった。
ふと、近づいてくる靴音が聞こえた。一人ではない。複数人の足音だ。きっと銃声に呼び寄せられた追っ手であろう。俺は急ぎ逃げる。
一撃で仕留めることは、逃げる時間を稼ぐことにも繋がる。だが今回作った猶予は無為に費やしたようだ。
少々死に顔を眺め過ぎた。
***
ランギットファミリーの暗殺部隊は、基本的に二人組で行動する。その組み合わせはいつもルーキーとベテランが一人ずつである。ルーキーが弟子となり、ベテランから技術を学ぶ。これがファミリーに脈々と受け継がれてきた不文律であり、長年裏社会を渡り歩いた遣り方である。
相棒を失った俺にもすぐにルーキーがあてがわれる。
顔合わせはファミリー経営のバーが指定された。約束の時間にバーに着くが、ルーキーの方は到着していないようだった。俺はカウンターに座りマティーニを頼む。
ちょうど注文の品を差し出された時だった。ドアベルが鳴る。入り口に目をやると、見るからに俺の新しいパートナーらしき男がいた。体だけがでかく、口はまともに閉まってない、生意気そうなチンピラだ。暗殺なんて下種の仕事を命じられるのは下種しかいない。
その坊主は店内を見渡すと俺の横に腰掛けた。俺は早速こいつの品定めをしようと思ったが、やるまでもなく、靴底についた糞のような下種だった。マスターがせっかく作ってくれたマティーニを手の甲で払うと、俺にガンを飛ばした。
「俺の兄貴分が言ってたぞ。お前、パートナーを殺したらしいな。とんだ仲間殺しだな」
下種は品性の欠片もない笑い声を上げる。
チンピラはちゃちな面子のために、初対面の相手は脅しつけて優位に立とうとする。そういう生き物だ。
どうやら、品行面も知識面においてもファミリーの遣り方について色々と教育が必要らしい。
「足手まといは情報を吐かれる前に確実に殺す。それが流儀だ、ボーイ」
流儀を守ることは掟の次に優先される。そして流儀を守れないということは、ファミリーひいては裏社会での死に直結する。それは組織に長く身を置けば置くほど、嫌でも身に染みる。
そういう業界の厳しさを、鳥頭の雛鳥でも咀嚼できるよう噛み砕いて話してやったのに、坊主は礼も寄越さず鶏冠を赤くするばかりである。甘っちょろい世界で粋がっていたのが恥ずかしくなったのか。それとも威嚇を透かしてやったことがご不満か。
「ボーイって、ガキ扱いしやがって」
チンピラという生き物は嫌いだ。どうでもいい言葉尻だけに耳が聡くて、血が上るのが早い。坊主は力任せのテレフォンパンチを繰り出す。
これは躾が大変そうだ。すかさず俺は隙だらけの右脇腹にブローを叩き込む。坊主は泡を吹いて膝から沈む。
「ケツの青いガキにはボーイと呼ぶのも流儀だ、ボーイ」
予想通りであったが、味気がない。俺は溜め息をつき、喧嘩自慢であったであろうガキを見下す。
だがそこでそいつは俺の想像を超えてきやがった。怒りに満ち溢れた目で俺を睨んでいた。
「この野郎、ぶっ殺してやる」
こんな状態でも減らず口を叩くとは、蛸よりは骨がありそうだ。
「珍しく気が合うな。俺もお前をとっととぶっ殺して、新しいパートナーを見繕って貰いたい。だがボスに逆らっても死ぬだけだ。しょうがないからみっちり鍛えてやるよ、ボーイ」
坊主は歯を食い縛り睨み続ける。この憎らしい顔を見ても、俺は自分がにやけているのに気付く。
「せめてどちらかが死ぬ前には相棒と呼ばせてくれや、ボーイ」