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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第一回 ヒトメボレ描写企画(2017.3.25〆)
11/268

ひとつめの魔法 (冴吹稔 作)

既存作「異世界チート主夫」の世界観を流用していますが、おおむね別作品となっています。

※アルファポリス、および小説家になろうの本人ページにて、作者本人により同作品の連載版を公開しています。

 歴史に爪跡を残す戦乱の時代は遠く過ぎ去ったけど、今でもやっぱり、戦うのはもっぱら男の仕事だ。

 男はなにかとすぐに死んで数を減らす。それゆえにこそ、一定の功績をあげて財産のある男なら、妻を六人まで娶ることができる。社会的要請というやつだ。

 

 といってもそれは社会(よのなか)全体の話。 

 ひいひい爺さんがうかつにも立てたささやかな武功のおかげで、シュヴァリエ(騎士)などという面倒くさい家名を代々受け継ぐことになった、下級貴族の三男坊――つまり、僕ことテオドール・シュバリエにとっては、まともな方法では一人の妻でさえ夢のまた夢だ。

 

 だからこそ、先に郷里(くに)を出た幼馴染のジェイコブを頼って、名にしおう地下迷宮『梯子(ラダー)』に挑もうと、この北部地方最大の都、エスティナくんだりまでやってきたわけなのだが――

 

「……きったない街だなあ」

 口を開けば出てくるのはため息ばかり。 

 狭い路地には壊れかけたような荷車、いやむしろ荷車の残骸がそこかしこの石壁にもたれかかり、その傍らでは犬の糞と人の反吐がひとつのベッドで違う夢を見ているといったありさまだ。

 こんな界隈に居を構えているとなると、手紙で僕を招いてくれたジェイコブも、あまり思うような成果をあげられてはいないのではないだろうか。

 

「それにしても、ええい、分かりにくい地図だな!」


 東メラン(アベニュー)二十三番地五号、すずらん亭。それがジェイコブの定宿だった。ようやくその、すずらんの花をかたどった――とはいいがたい不細工な看板を見つけ出し、道路に面した狭い入り口から二階へ直通の階段を駆けあがった。

 

 二階にあがってすぐの部屋。手紙に添えられた地図にはそう書いてある。僕の目の前には、真鍮のノッカーがついた、すすけた感じの樫材のドアが鎮座していた。

 

「ジェイク! ジェイコブ・ハリントン! いるのかい? 僕だ、テオドール・シュヴァリエがお招きに応じてやってきたんだぜ。いるんなら開けてくれよ」


 静まり返った薄暗い廊下。いや、何やらかすかに人の声がした。不機嫌そうな、女の声――そして、古くなってゆるんだ床板をずかずかと踏んで歩いてくる足音。

 

 ……女の声?

 

 ばたん、と音を立ててドアがこちら向きに押し開かれ、危うく鼻っ面を吹き飛ばされかけた。

 

「だぁれ?」


 もつれた長い赤毛の頭をぼりぼりかきながら、その女は僕を充血した赤い目でにらみつけていた。不摂生をしているのか荒れてガサガサの肌と、鼻の周りに散らばった濃い色のそばかす。だらしなく片方落っこちた下着の肩紐。

 その下にある白く丸いふくらみが一瞬目に入ったが、こんな荒れ放題の伽藍に置かれていたのでは、せっかくの宝珠も悪魔の用意した毒団子か何かとしか思えない。


「……客じゃなさそうだね」


 その物言いから察するに、彼女は休業日の娼婦かなにかと思われた。


「あなたは……ジェイクとはどういう……?」


「あっち」

 彼女は黙って僕に向かって人差し指を突き出した。歯を閉じ合わせたままの口元から漏れる、深いため息。

 

「は?」


「ジェイコブ・ハリントンさんなら、お部屋はあっちよ」


 数秒たって、やっとこ僕はその指が、背後の壁に向けられているのに気が付いた。振り向くと、そこには同じようなドアがあった。なるほど――

 

「彼、三日くらい戻ってないのよね」

 

 間の悪いことにもほどがある。謝罪すると彼女は少し顔を赤らめ、今度は静かにドアを閉めた。


 ――二十分くらい、待っててもらえるかしら?

 

 待ってどうしろというのだろう。だが、僕は律儀に待った。彼女はジェイコブと何かしら付き合いがありそうだったから。

 部屋の中からはバタバタと音がしている。ジェイコブはどこへ行ったのだろう。もしや迷宮でなにかあって、立ち往生でもしているのではないか。そんなことを考えていると、ふいに再びドアが開いた。

 

「お待たせ」


 ――誰!?


 そこにいたのはとんでもない美女だった。つややかな赤毛は風変わりな形に編み込まれて燃え輝き、琥珀色の瞳の上には、長いまつげが初夏の木立のような青い影を落としている。

 頬骨の高い顔はふわりとした光を発して見え、鼻の上にうっすらと散らばったそばかすは木漏れ日のような金色。

 手には長い杖、腰には短剣。暗いえんじ色をした鹿皮のコルセットに持ち上げられて、形のいい胸が鎖骨の下で高らかに天を見上げている。釣り鐘型のスカートは膝丈で、その下には細い足がすらりと伸びていた。  

「……初めまして、私はニーナ・シェルテムショック。職業はまあ、何でも屋よ。錠前破りもやれば春も売る――お客は選ぶけどね。それに、魔法を少し」


 彼女はそういって、僕に優雅な会釈をした。


「お友達のことが心配なら、相談に乗るわ」


 あとで思えばこの時すでに、僕は彼女の魔法にとらえられていたのだ。本人はその話をするたびに「ただの化粧術よ」と笑うのだけれど――

2017/08/10 作者のアルファポリスページでも同作品を公開のため、注を追記

2017/08/16 小説家になろうでも同作品を公開のため、注を追記

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