しろいあいぼう (梨鳥 ふるり 作)
大福丸がそこを尋ねれば、相棒がいつもいる。
その相棒の素敵な事といったらなかった。
気高い程真っ白な姿をしている。そして眩しい程真っ赤なくちばしをおはようの光に輝かせて、大福丸と一緒に「おはよう、おはよう」と、囀るのだ。
大福丸は相棒の姿にうっとりして、時にはうっかり甘く囀ったりする。
すると相棒も、大福丸のさえずりをなぞる様にくちばしを震わせる。
でも、大福丸も相棒も男の子だ。
我に返って、お互いさっきまでの事は無かった事にし羽繕いで誤魔化したりする。
大福丸は相棒の羽繕いの仕方も気に入っている。
やっぱり翼の付け根から。その後は股下。止まり木でくちばしを手入れするのも忘れないキチンとしたところも信頼出来る。
小松菜の食べ方も上品だ。茎の残し方も芸術的だ。
今まで、大福丸は自分以外の存在を鼻にもかけて来なかった。
右隣の黄色いヤツはかせわしいし、たまに尾羽が乱れているところとか美意識を疑う。
左隣のほっぺの赤いヤツは、とにかく鳴き声が雑な気がする。冠羽だけはちょっと羨ましいが、やっぱりシンプルイズベストが大福丸のモットーである。
アパートメントの下段にはウサギとかいう別珍がいるが、あれは大福丸の観点からいって媚び過ぎていると感じる。
ご主人様はまぁまぁ見どころのあるヤツだが、やっぱご主人様だし、相棒と呼ぶにはおこがましい気がする。(大福丸は序列のわかる男だ)
でも、相棒は違う。相棒になら、大福丸は心を許せる。
新しく考えたダンスや挑戦している音階を出す練習も、相棒になら見られても良い。
何より、大福丸の後を付いてまわってプライバシーを侵さない所が最高だ。
互いのテリトリーやプライベートはしっかり分けてくれる。
どんなに仲良しでも、巣箱に趣味の悪いティッシュの切れ端とか持って来られたりしたら大福丸は我慢できないのである。
大福丸は自分が気難しい類であると、自覚している。
だからこそ、相棒の存在は尊い。
こんな俺なんか、って思う時がある。
けれど、相棒の気高く麗しい姿を見ると、弱気になってはいけない、自分も彼に相応しい男でなければと胸を張る。
大福丸は、相棒の存在によって自身を確立させ、輝かせることができるのだ。
良い相棒を持った幸運に、大福丸は今日も囀ってお返しする。
*
ある寒い冬の日、全部がグラグラ波打って、大福丸のアパートメントが崩れ落ちた。
床に落ちた鳥かごの中は、巣箱も餌箱も止まり木もめちゃくちゃになった。
黄色いヤツは巣箱に潰されて静かになっていたし、ほっぺのヤツはギャーギャー騒いでいる。
ご主人様も、黄色いヤツと同じ様にタンスの下で寝そべっていた。石油ストーブが倒れてメラメラいっている。
大福丸はというと、目をぱちくりして偶然開いた鳥かごの出入り口を見詰めていた。
その真っ直ぐ先に、ガラスの割れた窓。
その向こうも何だか騒がしかったけれど、上の方はとても静かな空が広がっていた。
でもそれより相棒だ。
だいじょうぶ?
大福丸は相棒のいるところを覗く。
相棒は無事だった。けれど流石に羽が乱れている。
こわかったね。
お互いに羽繕いするのは好きじゃ無くて、今までした事がなかったけれど、大福丸は相棒の羽をくちばしで梳いてあげようとした。
けれど、こんな時でも気高い相棒は、大福丸のくちばしをくちばしでツンと止めた。
とびらがあいて、まどもないんだ。
あれ、きみもだね。
大福丸が相棒の後ろを見ると、相棒の背後の扉も開いていた。窓も無い。
なんだか、あついね。
部屋の中に炎が広がり始めていた。
大福丸はちょっと籠の外を覗いて、またとてとてと相棒の元へ戻る。
にげなきゃ。
きっとそとはさむいけど。
大福丸はツンと相棒のくちばしをつついた。相棒も大福丸のくちばしをつついた。
ほんとうは、ここにきみといたい。
でも、そしたらきみはにげられない。
わかってるんだ。
きみはおれをみすてない。
だから、おれからいっちゃうからな!
大福丸はそうやって囀ると、籠の出入り口にとまった。
振り返れば、相棒も同じように籠の出入り口にとまって、寂しそうに大福丸へ振り返っていた。
さよなら。
大福丸は飛び立った。
相棒も飛び立った。
残された鏡つきブランコがゆらゆら揺れている。
映す世界の、どっちがどっちだって、どっちでもいいけれど、大福丸も相棒も、もう二度と会えない。
鏡を見ればまた会える?
そんな馬鹿な。
大福丸は青いセキセイインコだから、鏡を覗いたって、青いセキセイインコが映るだけである。