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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第一回 ヒトメボレ描写企画(2017.3.25〆)
10/268

甘いゆらぎ (外宮あくと 作)

自作「聖竜騎士と幼妻」の登場人物を使用していますが、単独でも読めます。

※カクヨム及び小説家になろうの自作品内にて、作者本人により同エピソードを公開しています。

 少年は従者を振り切って、足早にくりやに向かっていた。何か腹に収めるものはないかと、食べ物のことで頭の中はいっぱいだ。

 勝手知ったる他人の屋敷。少年は堅苦しい王宮を嫌って、姉の嫁ぎ先に事あるごとに通い、我が物顔で過ごしていた。

 外見は金髪碧眼、キラキラしい絵本の中の王子様そのものだが、中身は勉強嫌いで落ち着きのないただの悪ガキだった。

 姉夫婦は王子らしくない彼に呆れつつも、まだ子どもだと可愛がっていた。


「クリス様ー!」


 ビクリと固まった。忍び足で厨を目指し、もう少しの所で自分を探す従者の声が聞こえたのだ。慌てて呼び出し用の鈴を鳴らすが、音が違うことに驚き、部屋を間違えたと気付いた。だが誰も出てこないし、構うものかと急いで中に入った。

 そこは使用人達の休憩室のようで、大きなテーブルに使用後の茶器がいくつか置いたままになっていた。中には誰もおらず、顔なじみの料理人に菓子をねだるつもりだったクリスはがっかりした。

 仕方なく彼は、何か食べ物はないか部屋を探り始めた。昼餐は食べたが、もう腹が減って堪らないのだ。


――晩めしまで待てるもんか!


 戸棚を開け、焼き菓子を発見するとパアッと満面の笑みが広がる。使用人達のおやつなのだろうが、少しならいいだろうと速攻口に放り込んだ。

 満足げに頬張りふと窓際を見ると、椅子に座った女の後姿があった。


 思わず後退り、喉をググッと詰まらせる。

 盗み食いを言いつけられると焦り、同時に黙って見てたなんて酷いとムッとする。文句を言って口止めしようと、椅子の前に回り込んだ。


 クリスは目を瞬いた。

 座っていたのは、自分と同じ年頃の見知らぬ少女だった。その瞳は閉じられている。窓枠にもたれて、彼女は眠っていたのだ。

 ドクン、と大きく心臓が鳴った。


――誰だろう。


 使用人の子どもなのだろうが、全く見覚えがない。教師の顔と名前は覚えられないが、この屋敷にいる子どもは全員知っている。なのに、彼女だけは分からない。


――新しく来た子かな……


 クリスはじっと少女を覗き込んだ。ざわざわと全身の毛が逆立つような気がして、ゾクッと震える。

 少女の胸が呼吸の度に軽く上下するのを、少し開いた窓からそよぐ風が後れ毛を揺らすのを、何の夢を見ているのか唇を薄く開いて微笑みを浮かべるのを、クリスは息をするのも忘れて見つめていた。


 どれくらい見ていたのか。少女の顔が何故ぼやけるんだろうと思った途端、我に返った。うっと呻いて、弾かれるようにとび退き、尻もちをついてしまった。知らぬ間に、鼻と鼻がくっつく程に彼女に近づいていたのだ。

 あんなに腹が減っていたのに、もう胸がいっぱいで口もカラカラで、何も喉を通りそうにない。

 目覚めてしまうのではないかと、肩で荒い息をしながらドキドキと見上げたが、彼女は静かに眠り続けていた。形の良い眉、閉じた瞼を縁取る長いまつげ、頬は桜色で、唇はぷっくり膨らんで……クリスの目に少女が焼き付いてしまった。


――かわいい……


 少女の瞳の色を知りたいと思った。声を知りたいと思った。

 でも、眠っている彼女を起こす勇気はない。

 クリスはそろりと立ち上がり、また彼女を見つめる。そして、いいことを思いついたとニマっと笑うと、ジャケットの内ポケットに突っ込んでいた紙と鉛筆を取り出した。それは教師に詩を写せと渡された紙だが、まだ白紙のままだ。


 クリスの目が輝く。立ったまま紙に鉛筆を走らせた。眠る少女の姿を、彼は胸を躍らせて写しとってゆく。

 絵を描くのが好きだった。じっと座って講義を聞くのは苦痛だが、絵なら何時間でも描いていられる。軽い興奮と至福を感じながら、クリスは初めて感じた甘い胸のゆらぎを描くのだった。


 できあがった絵の少女に、恐る恐るキスをした。なんだか本当に彼女に触れたような気になって、顔が熱くなる。そして紙をそっと彼女の膝の上に置いた。

 他にプレゼントできるものは無いか。ポケットを探ると堅い物が指に当たった。


――そうだ、これもあげよう!


 それはクリスの勲章だった。一番大きな獲物を捕らえ、友人との真剣勝負に勝った証だ。手放すのは惜しい気もするが、彼女にならあげてもいい。蛙獲り競争は次も勝てばいいのだ。

 絵の上に蛙の干物を置いて、うっとり微笑んだ。

 

「クリス様ー!」


 また従者の声がした。肩を落とし観念して扉に向かって歩き出す。

 ノブを掴む前に少女を振り返り、目を細めた。


――また来るから。次会ったら、君の名前、教えてね。


 後ろ髪引かれながら部屋を出ると、従者がでんと廊下に立っていた。

 チッと舌を鳴らして、クリスは彼にくるりと背を向けた。説教なんて聞くもんかと舌を出し、ドタバタと走ってゆくのだった。

 遠くで誰かの悲鳴が聞こえた気がしたが、少女と何を話そうかと考えるのに夢中で、誰が何に驚いているのかなど頭の隅にも浮かばない。


 扉を開け放ち庭に出る。澄み渡る空を見上げて、クリスはまだ知らない少女の笑顔を夢想するのだった。

2017/04/21 カクヨムにて、4/27より作者本人が同作品を公開のため、注を追記

2017/09/09 小説家になろうの自作品内にて、4/27より作者本人が同エピソードを公開のため、注を追記

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