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ギランの家は城から然程離れた距離にはなく、彼の貴族としての地位が高い事が理解できた。だがその敷地は広く、サニアが普段狩猟を行っている広場が丸々入りそうな位に広がる庭を見てサニアは呆然とする。
「驚いたかな?一応我が一族は公爵を頂いているからね。と言うのも国王の分家に値する家系の流れなんだ。」
「成る程…凄いです。何というか…私なんかがこんな所に…。そ、その辺の草陰で良いですよ。私の寝床は。」
「何を言うんだ。腹部の傷なども直さなければならない。…お前、メイド達を呼んできてくれ。サニアを案内して休ませるんだ。」
「はい‼︎ギラン様‼︎」
ギランの命令に荷物を持っていない側近が走って大きな宿舎へと向かう。暫くすると4、5人のメイド達が此方へと向かい足早に駆けてきた。
『おかえりなさいませ、ギラン様。』
「ただいま。急な話だが今日1日彼女の面倒を見てくれ。1人は付きっ切りで必ず見る事。どうも遠慮し過ぎて野宿をしそうなものでな。宜しく頼む。」
「かしこまりました。話は聞いております。サニアさん、此方へどうぞ。」
「あ、あの…私の荷物…‼︎」
「そちらはあの子達に持たせますので大丈夫ですよ。それより傷の手当とお風呂です。年頃の女の子がこんなに適当な格好してはなりません。」
「ちょっ、自分で歩けま…あのっあのぉぉぉ…っ⁈」
恐らく長であろうメイドに軽々と抱えられたサニアは、同じく荷物を軽々と運ぶ他のメイドと共に宿舎へと運ばれた。
広々とした一室に運び込まれたサニアは、取り敢えず風呂に入る様言われ普段着ている衣服と手縫いした下着を取り出す。するとメイドが驚きの表情を見せ声をかけてきた。
「普段この様な格好をしておられるのですか⁈」
「…?ええ、狩りに向いてますし何分人に会う事も無いので…。」
「ダメですダメです‼︎サニアさんは可愛らしいのですから、しっかりとした服装をしなければ…そうですね。此方で用意しておくのでまずはお風呂に。メリー、サニアさんの体を洗ってあげなさい。」
「はい、マリー様。」
「えっ、体位自分で…わっわっ…手を引かなくても歩けますよ…っ。」
半ば強引に連れ回されるサニアは慌てながらも浴場へとむかう。すると、連れてこられた浴場は大衆用のそれ以上に広く、その一つ一つがしっかりと施されたしっかりとしたものだった。
「では此方で脱いで下さい。」
「は、はい…。」
着ていた鎧を脱ぎ、その下に着用していた布当ても脱ぐ。すると、メリーと呼ばれたメイドはサニアの体を見て驚き
「サニアさんって肌綺麗ですね…。普段どの様な石鹸を?」
「いえ、普段石鹸など無いので薬草をすり潰して体を洗ってます。」
「な、なんと…。本当に山育ちなのですね…‼︎それでこの可憐さ…羨ましい…。」
まじまじと見つめるメリーの視線に、段々と羞恥心がこみ上げてきたサニアは顔を赤くしながら浴場へと足早に向かう。すると、それを追いかける様にメリーがついてきて、サニアに湯船の付近で腰掛ける様に言った。
言われるがまま腰掛けると、良い匂いのする石鹸でまずは頭を洗われ、そのまま体を洗われる。普段1人で行っている事を他人にされるのがくすぐったいのか、サニアはうーと呻きつつもされるがまま洗体され、最後に湯船のお湯を上からかけられた。
「はい、宜しいです。では湯船にどうぞ。」
言われるがまま湯船に腰掛ける。すると、今までに感じた事の無い暖かさが体を包みこむ。初めての心地良さに驚いたサニアは、自然とその表情を解しほっこりとした表情を浮かべた。
「湯加減は…良さそうですね。今日一番気を抜いた表情をしてますよ。」
「あ…はい。最高です…‼︎ふぅ〜…。」
隣に腰掛けてきたメリーに話しかけられ、慌てて表情を戻すもすぐに崩し、まさにまったりと言った表情を見せたサニアにメリーが思わず微笑む。
そうして暫く温まった後ー
「…若干フラフラしますね。暑い…。」
「あらら、少し逆上せてますね。大丈夫ですか?」
「え、ええ。何とか…。」
フラフラとしながらサニアが上がると、メリーが横につきサニアを支える。そのまま、脱衣所まで戻ると、サニアは腰掛け用の長椅子に転がりこんだ。
「そのままだと湯冷めするので体をお拭きになって下さいね。」
「はい…ただもう少しだけこのままで…。」
「あらら、それなら拭いて差し上げますね。」
「えっ…ちょっ…⁈」
ニコニコとしながらメリーはサニアの体を拭き始める。かつて無い待遇と羞恥心でサニアは顔を赤らめつつも、されるがまま体を預けた。
「では着替えも…。」
「い、いえっ着替えは自力で出来ますから…‼︎」
ニコニコと近づくメリーから逃げつつ、サニアは用意された下着に着替え、そのまま服を着ようとしー
「…これはどういう着方をするのですか?」
「…あら、普段着と言ったのにメイド服を持ってきたのですね…。しょうがないです。着させてあげますね。」
「あ…はい…。」
渋々着させられるサニアをまるで着せ替え人形で遊ぶかの如くメリーは着替えさせ始める。
結局、最後まで面倒を見てもらったサニアは、鏡の前で自分の姿を見て愕然としつつ、履き慣れないヒールでよたよたと歩きながら用意された部屋へと戻った。
すると、今度はマリーが待ち構えており先程着させられた服を脱がされ、腹部に負った傷の手当てを始められる。
「こ、この位薬草を塗っておけば治りますから…。」
「いえ、ダメです。怪我が化膿して死ぬ騎士なんて幾らでも居ますからね?サニアさんも見習いとはいえ正しい処置を受けるべきです。さ、早く患部を見せなさい。」
有無を言わさぬ勢いでマリーは近づき、腹部の打撲以外無いか身体中を見回し始める。その目線があまりにも執拗で恥ずかしくなったサニアはぷるぷると震えながら顔を隠し、されるがまま待機した。
「…よし、腹部以外は無さそうね。ではこれを貼ってください。」
「…これは?」
「薬草をより効率的に活かすために調合された塗り薬です。匂いは少し強いですが、打撲にはこれが一番ですよ。」
そう言って渡された小瓶からは強烈な臭いが立ち込めたが、それを塗らなければマリーは許してくれないだろうと悟ったサニアは、鼻をつまみながら腹部に塗った。
「宜しいです。それでは私はこの辺で。」
「あ、あの…その前に…恥ずかしながら私はこの手の服は着れないんだ…他の服は無いのですか?」
「…あら、そうね…この服以外は今洗濯に回してるのよ。ごめんなさいねぇ。」
一瞬答えを躊躇ったマリーに不信感を覚えつつも、ここまで良くしてくれた彼女に対し疑いを持つべきでは無いと悟り、再びメリーに服を着せられてサニアは食事の為本館へと向かった。
ディバード邸では貴族にしては珍しく使用人と主人達が一緒の席で食事を取る。これは、 先代の当主が使用人との距離を縮める為に行った行為であり、彼女達の仕事への精を高めてもらう為に同じ卓に着かせたらしい。その為、ディバード邸への奉仕は使用人界でも特に憧れを持たれているらしい。
「こちらが食堂です。恐らくギラン様含めご主人様達は既に卓に着いておられます。客人とはいえあまり粗相の無い様…。」
「ミリー、サニアさんは特に作法など知らない為無礼講と聞いております。」
「そうでしたか。失礼しました。」
「い、いえ…山育ちの私が無知なので…。」
食堂前で待機していたミリーに対し申し訳無さそうな顔をする。だが、ミリーは笑顔で気にして無いとばかりに首を振り、そのまま食堂の扉を開いてくれた。
「おお、遅かったでは無いかサニ…ア?」
「…ギラン様、あまり見ないでいただきたい…。」
メイド服で現れたサニアを見たギランは手を挙げたまま固まり、その左右に居た恐らく彼の両親であろう男女は目をパチクリとさせていた。
「…ギランよ。いつの間にこの様な可愛らしい使用人を雇ったのだ。」
「い、いえ父上。あれは先程話していた女騎士です。」
「あんな華奢な子が…?いやまさか。よく見なさいギラン。あれ程可憐な娘だ。戦場よりも妾の方が似合うだろう。」
「父上‼︎それはサニアに対する侮辱ですぞ‼︎」
「いえ、ギラン様落ち着いてください。申し遅れました。私はサニア・ローレン。女子に生まれながらも戦乙女として戦場に咲く華とならん者です。」
サニアの言葉にふむ…と唸りつつ、サニアを凝視し、その真意を見定めようとしー
「あなた。鼻の下が伸びてますよ。」
対面に座るギランの母からの忠告を聞いてギラン父は謝り倒すのであった。




