3-9
その後夕刻に至るまで続いた訓練が終わり、ぞろぞろと訓練所を後にする新兵達に混ざりサニアも後にしようとする。が、その道中で急に新兵の流れが止まり入り口がせき止められる形となった。
「紅玉は居るな?道を開けよ」
低く響く声に新兵達は息を飲みつつ左右に道を開ける。その声の持ち主はサニアも良く知る人物。第12騎士団隊長フレスベルクだった。
「これはフレスベルク様。ご無沙汰しております。して、何故この場所に?」
「うむ。常の新兵訓練ご苦労だ紅玉。何、今朝方うちの脳筋がお世話になったと聞いてな」
朗らかな笑みを見せるフレスベルクの言葉を聞きサニアはふと今朝の大男を思い出す。どうやら彼は12騎士団の騎士だったらしい。
「その件でしたら申し訳御座いません。1人無駄な欠員を出した事深くおわびします」
「いや、気にする事はない。むしろこちらのかけた迷惑だ。その非礼を詫びに来たのだよ」
そう言うと頭を下げたフレスベルクにサニアは慌て、何とか頭を上げさせる。
「大丈夫ですよ。私の方は特に怪我も無く新兵達も怪我無く訓練に励めています。フレスベルク殿が頭を下げる必要などありませんよ」
「いや、しかしこれは当然の事であってだな……」
難しい顔を浮かべながらフレスベルクは首を傾げる。どうやら彼は硬派な人物らしく、過ちには筋を通さねば気が済まないらしい。
「そ、それでしたらそうですね……ギラン殿に賭けの勝つコツでも教えてあげて下さい。それで此度の件は水に流しましょう」
「そ、そうか。貴女がそれでいいのなら喜んで伝えよう。……ではな、紅玉よ」
最後に微笑みを送りながら踵を返したフレスベルクに頭を下げつつ、新兵達に帰りを促す。すると、その様子を見ていたリーンがサニアの横に並び歩き始めた。
「……帰ったら一応お腹、見せなさいよ?」
「え……いや、私は怪我など……っ?!」
「ほら、嘘よね。どうせフロイドとの剪定試合の時もそうやって騙そうとしてギランの家のメイドにばれたのでしょう?全く……」
呆れつつ殴られた腹部を的確に触れてきたリーンに苦笑しつつもその優しさに心が温まる感覚を覚えたサニアは、リーンに甘えて家で処置を受けようと思いつつ城門へと向かった。
「姫様、今日は姉御の馬車で?」
「ええ。私の事を離さないおつもりだそうです」
「お熱い事で。それでは俺らはお先に」
「はい。2人とも帰ったら怪我の処置と休息をしっかり取ってくださいね」
「ありがとうございます、それでは!」
勢い良く馬の腹を蹴ったヴォイドとレオルグは、家族の待つ中心街へと目指し馬を走らせる。その様子を見届けつつ帰り支度を済ませたリーンと共に馬車へと乗り込み、ローズテイル邸へと向かった。
家に着くと先に帰っていたフロイドと軽く挨拶を交わしつつサニアは自室へと向かう。すると、ルーナがおろおろとしながら部屋の前で待っており、サニアの姿を見るや否や涙目で駆け込んでサニアにしがみついた。
「さ、サニア様!お怪我をされてると聞いてわ、私は心配で……」
「る、ルーナ。落ち着いてください。私はこの通り平気ですから……」
「ふふっ。本当サニアはルーナに愛されてるわね。少し妬いちゃうわ」
「そ、そんな……お嬢様……」
「冗談よ。ルーナ、サニアの手当てをしてあげて。無理やりにでもしないと強がりだからね」
「わ、分かってますよ……ちゃんとルーナに手当てをしてもらうつもりでした……」
少し拗ねた表情を見せるサニアにリーンは吹き出しつつ、ご機嫌な様子で彼女の部屋へと入っていく。それを見届けたサニアは、ルーナと共に自室に入りソファの前で革鎧を脱いだ。
「まぁ……こんなに青くなってますよ……痛くありませんか?」
「気を抜けば痛みを感じますが、ルーナの前でしか気を抜く事はないですよ」
「もう……ダメですよ?そんな事言っても私は許しませんっ。……サニア様はお強いのですから、わざと受ける真似はやめて下さいね?」
ムスッとしたルーナが可愛く、思わず微笑んでしまいながらも手馴れた手つきで腹部に薬を塗る様子を見つめる。流石は騎士の家系の使用人。怪我の処置は得意らしく、ものの数分で終えたルーナはサニアの前に立ち微笑んで終了を告げ、服の着替えを持ち出した。
「もう自分で着れるので大丈夫ですよ?」
「ダメですっ。だってサニア様が自分で服を着たら私はお付きで居られなくなりますし……」
「ふふっ。まるで私の妻ですね。もし私が男ならばルーナを嫁に貰ってましたよ」
「も、もう!!そんな冗談はいいですからっ!全く……変な所ばかりお嬢様に似てきましたよ?むぅ……」
弄ると素直に照れるルーナが可愛いらしく、そんな彼女をずっと自分のお付きとして置いておきたいほど愛着の沸いたサニアは、ドレスを着せるルーナに微笑みながら剣を構える時以外での幸福を味わっていた。
「はい、着付けが終わりましたよ」
「ありがとうございます、ルーナ。では夕食に向かいましょうか」
「はい。では食堂までお連れしますね」
既に分かりきった道のりではあるが、邸内では常にサニアの近くを離れないルーナは最早仮のお付きではなく完全なサニアのメイドとして黙認されているらしく、リーンの家族同様のサニアのお付きとなっているルーナに対し他のメイドが頭を下げる姿を最近よく見かける様になった。どうやら、メイドの中にも年功序列以外の格差はあるらしく、1番はリーンのお付き。次に使用人長。その下にフロイド、サニアのお付き……と言った縦社会の構図ができているとか。
その為、ルーナより先に入った使用人達は当初あまり良い顔をしていなかったらしいが、ここ最近のサニアとルーナの中の良さを見てどこか微笑ましい様子で見つめたり、声をかけてくる様になっていた。
「サニア様。どうしました?私の顔を見つめて……」
「いえ、なんでも。ルーナの様に可愛らしい女性になる道が私にもあったのかと考えていただけですよ」
「かっ、可愛らしいなんて……サニア様に比べれば私なんて……」
「はいはーい。そこまでよ。本当に妬いちゃうわよ?」
「ふふっ。リーン様もルーナが好きなのですね」
「んー、ルーナも好きだけど私的にはサニアね。と言うか家では様は禁止。もっと近い呼び方にして?」
「中々難題を……では姉様では?」
「んん……良いけどもっと可愛らしく言えない?硬いわよそれ」
「ええ……リーンお姉ちゃん……とかです?」
「んんっ……もう1回!」
「リーンお姉ちゃん……あの、何だか私の方が恥ずかしいのですが……」
「ふふっ……サニアのお姉ちゃんは中々グッとくるわね……可愛いわ……」
「姉上、サニア、ルーナ。何阿呆なやり取りをしてるんだ。聞いてるこっちが呆れるぞ」
余りにも暢気な会話に思わずフロイドが溜め息を吐きつつ言葉を挟む。それを見た3人は思わず赤面し、咳払いをしつつ席へと着いた。
夕食を終えた一同は各々自由な時間を過ごしつつ自室でのんびりと過ごす。
この時はルーナもサニアの付き人ではなく友人として話す様に言われており、ソファに並んで座りながら談笑を交わしていた。
「成る程、ルーナの故郷は此処とは別の大陸なのですね」
「ええ。私の故郷は貧しくものどかな村でして。アルトリア国とは良好な貿易関係を築きつつ漁や採取をしつつ生活する平和な所ですよ」
「成る程。故郷に戻りたいとかはないのですか?」
「そうですね……時折家族が恋しくなる時はあります。特に最近はサニアとお嬢様の関係やフロイド様との関係を見ていると、ついつい家族が羨ましいと思います。それでも、私はここの皆さんも大好きなので、今は帰りたいなどはありませんね」
「あらあら……もし、甘えたい時は教えて下さいね。私がルーナの姉代わりになりますよ」
「うふふ……こんな素敵なお姉ちゃんは私には勿体無いですよ?」
言葉とは裏腹に嬉しそうに肩へと頭を寄せるルーナ。言葉では言うものの心はやはり家族の愛を求めてしまうのだろう。そんな心情を理解したサニアは優しく、ルーナの肩を抱き寄せる。
「いつでも甘えてください。ルーナに日頃助けられている分、それ位は恩返ししますよ」
「えへへ……有難うございます……サニアお姉ちゃん……」
本当に嬉しそうに、心から微笑んだルーナはやがてそのまま眠りについてしまい、そんな彼女を見て微笑んだサニアは優しくルーナを持ち上げ、そっと彼女のベッドへと運んだ。
家族。自分ももし会えるなら会ってみたい。既に土へと還ってるとは分かっているが、まともに家族と過ごした事のないサニアには時折求めてしまうものがあった。
特に、サニアが両親と別れたのは物心ついてすぐのことである。どこか姿を見失いそうな程薄い記憶に手を伸ばしつつ瞳を閉じる。
いつか自分にもその様な家族が欲しいと、空に輝く星を掴む程度の薄い望みを抱きながらサニアも目を閉じた。