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風吹く道を歩く。舗装などする技術は当然なく、土を踏み固めた農道に近い道だ。
だが、あたり一面に見える自然は素晴らしく、緑が生い茂っている。まさしく、深緑の絨毯が広がっている様だった。
山道とは違う景色を楽しみつつサニアは小さく見え始めた公国を見据える。遂にやってきたのだ。15年かけて修業し、騎士として剣を振るう為のその第一歩を踏める地が。
思わず歩幅は広がり、自然とその足は早まる。先程まで踏みしめていた大地を軽快に蹴り、その身を慣性に任せて揺らしながら進む。後3キロ程の道程を駆け、四半刻はかかろう道を更に早く駆け抜ける。
そして気付けば公国のその入り口。身の丈を遥かに越え、三丈…10m程の高さがあり、横幅は大柄な人が2人横になっても尚余りあるその門は、守衛を前に置きその入り口を塞いでいた。
「ようこそお嬢さん。アルトリア公国に何用かな。」
「おはようございます。先日選定試験に応募させて頂いたサニア・ローレンです。」
サニアの言葉を聞き守衛は胸元から選定試験に応募した国外受験者のリストを取り出す。
「サニア・ローレン…サニア・ローレン…あった。確かにその名前で登録されている。しかし、君がサニア・ローレンという証拠はあるかな。」
流石は大陸一の国を守る守衛。人物のチェックに抜かりはない。そこで、サニアは選定試験の応募に出した用紙の控えと自身が使った割印の印鑑を見せる。すると守衛は頷き門を開けさせて一言。
「ようこそサニア。君が騎士として明日を切り開ける事を期待しているよ。さあお行き。君の騎士道は今より始まる。」
「有難うございます。我が剣に誓い、公国に明日の煌めきをもたらさんことを。」
2人の守衛は敬礼し、サニアもそれに応じる。そして門をくぐり、その眼前に広がる世界を見て、サニアは絶句した。
石煉瓦で組まれた建物に、舗装された道。通りに並ぶ商店街と出店の数々。街の中央には噴水が置かれ、更にその奥。巨大な公国内のどこにいても見えるほどに大きく美しいそれは、アルトリア公国の国王が住む城。アルトリア城であった。
目を惹かれるままサニアは歩き出す。山奥の自宅の周囲では聞く事の出来ない人と人との会話。喧騒音。慌ただしく動き回る人々に、鍛冶屋が打つ鉄の音。自然とはまるでかけ離れておりながら、生活感や充実感を感じさせるそれらの音は、聞き慣れないながらも心地良さがあった。
周りを見渡しながら足が進み、いつの間にか中央の噴水へとたどり着いてみれば、人工的に計算された水のアーチがまるでサニアの来国を歓迎しているかの様に噴き上がる。その見事なまでに計算され尽くされた動きに感動を覚え、思わず立ち止まり見惚れてしまう。すると、そのサニアに気付いた1人の青年が声を掛けて来る。
「ようこそお嬢さん。国外からの来国かな?」
「あ…っ。初めまして。ええ、戦乙女の丘の手前、名も無き山のそのまた奥から来ました。」
「それはまた遠路遥々お疲れ様。その様な所から麗しい君が1人でどうしたのかい?」
優しい笑顔を見せる青年。しかし、サニアは彼もまた選定試験の受験者であると気づいていた。その背に担ぐクレイモアには公国でも有数の貴族の名前が刻まれており、その様な立ち振る舞いで今よりこの場にいるという事は選定試験以外の理由は無かった。
「貴族様と同じ理由です。選定試験に応募しこの地に足を運ばせて頂いた者ですので。」
「成る程。さすれば僕と君は敵になるかもしれない仲と。実に惜しい。もし、君が選定されなければ僕の元へと来るがいい。その時は僕が面倒を見よう。」
どうやら、この貴族は自分を見下した上で口説きに来ているらしい。それに対し若干の不満はあるものの、ここは公国。貴族に逆らえるのはそれなりの身分の人間でしかない。
「ありがたきお言葉です。その際は再度貴方様の元へと駆けようと思いますが、まずは本日持てる力を尽くしたいと思います。」
「良きに計らえ。身分の差を理解しているのも賢しくて宜しい。願うなら敵にならぬ事を。」
「有難うございます。それでは。」
内心で彼はサニアと当たる事を望んでいるのであろう。それはサニアも同じ事で、あれだけ油断し切った相手ならば余裕をもって倒せる。だが、選定試験は一戦のみではない。次の試合からは厳しいものになるだろう。なるべくならあの様な人間は最初に当たりたいものではあるが…それは天運に任せるしか無かった。
暫く歩けばそこは静けさが支配する地域であった。単純に人気が少ないのではなく、城の前だからである。その景観は仰いでも尚見切れない程の大きさがあり、正に繁栄の象徴とも言うべき雄大さに、ただただ驚かされるばかりだった。
「お名前を。」
「サニア・ローレン。名もなき山のその奥にある山から来ました。」
城の門をくぐりすぐの所に居る守衛に聞かれ、その要件を伝える。すると、守衛は名前を聞いただけで頷き中へと通した。
城の中は豪華な装飾が施されており、白を基調とした静けさと清潔感を感じさせるものだった。そのエントランスにあたる位置でサニアが待機をしていると、他の守衛とは鎧の色が違う見るからに屈強な男が声を掛けてきた。
「君がサニアか。私はアルトリア公国近衛兵団団長ベリアルだ。ようこそアルトリア城へ。」
「初めまして、ベリアル様。サニア・ローレンです。本日はお忙しい中選定試験を行って頂き有難うございます。」
「礼儀正しい子だ。選定試験に来る輩は皆踏ん反り返っているか自信過剰過ぎて敬意を払えぬ奴ばかりだからな。君の案内役となれて良かったよ。」
「こちらこそ。貴方様の様に本物の闘志を宿す御仁に案内される喜び…隠しきれないかもしれません。」
その言葉にベリアルは一瞬止まる。そして驚いた表情を見せつつサニアを見つめ、その目に宿る静かな闘志を見つめ微笑んだ。
「今年は久々に良い騎士が生まれそうだ。サニア。是非最後まで残り騎士として花を咲かせてくれ。」
「ええ。この身に変えてでも騎士の証を貰います。」
その言葉にベリアルはニコリと笑い、サニアを待機室へと案内し始めた。